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メガネ(尺度・評価)にかなうかどうかを意識させないこと:自由への道

誰のメガネにも かなう必要がない アイキャッチ
wowja
(記事内にプロモーションを含む場合があります)

このカテゴリーでは、東京大学卒業、司法試験合格、そして子どもたちと一緒に学ぶ「現役」家庭教師である管理人が、教育について大切と考える内容を記述しています。

教育を起点として、人間生活全般にかかわる事柄についてできる限り端的にまとめていますので、どうぞお気軽にお読みいただければうれしいです。

おそらく未来の人々からは「SNS全盛時代」と振り返られるであろう今日、自分の言葉や行動が他者によってどう評価されるかが重要な問題となっていますね。

ダルマ師匠
ダルマ師匠

ダルマ師匠ってブサイクかわいい

……なんて言ったら「人を顔で判断するな!」「嫌味か?!」などと突っ込まれかねん。

こうした私たちの振る舞いに隠されている要素とは何なのでしょうか。

この記事を書いた人

新おうじゃ

名前 / Name  
おうじゃ 

職業 / Occupation
家庭教師、お米賞味マイスター、歌詞解説・鑑賞家、福話術者

実績 / Achievements
東京大学法学部卒業、司法試験合格ののち、人間にとって根本である教育分野へ転向。直接に子どもたちと関わることのできる家庭教師になりました。
現場ではお子さんがどのように感じ、何を考え、世の中をいかにとらえているかなど、これまでの教育では触れることが難しかった個々人の生き方の前提的な内容を話すことにも時間をかけながら活動しています。

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いつも「尺度」と友達の私たち

「昨日、道端で一瞬目にした石ころが、本当にブサイクで汚かった……!」とSNSに投稿する人物がいたとします。

これに対しては、きっとほとんどの人がどうでもいいという判断を下して聞き流すでしょう。

中には「石ころにまで当たるなんてクソ荒んでんだな。負け組オツ」などと応答する人もいるかもしれません。

管理人はSNS上のスラングに詳しくありませんので、言い回しが違っていたらごめn……(略。

ここで起きた現象を細かく見ると、Aさんは石ころ発言を目にして特に引っかかることがなかったので、ただスルーをしました。

他方、BさんはSNS上とはいえ人が自分の気持ちを汚い(とBさんが評価する)言葉で表すことには反対という尺度を持っていたので、リプライせずにはいられなかったのです。

かんむりちゃん
かんむりちゃん

以前の記事(『最年少・最年長病を克服するための教育:自分の「想定」を知ること』)でも触れましたが、何を見るにも自分の尺度を持って当たるのが私たちなのですね。

尺度は自分をも対象とする

良し悪しは別として、この尺度が外側の世界へ向いているだけならば、当人はあれやこれやと揶揄してまだ楽しく過ごしているかもしれません。

しかしこうした尺度は確実に私たち自身にも矛先が向きますから、遅かれ早かれというより、楽しんでいるつもりの期間もずっと私たちの心に影響しています。

(※私たちは常に自分自身を教育しています⇒詳細は『【教育の意味】自分のふるまい全てが教育であるということ』)

上の例でいえば、今度石ころを目にしてふと蹴ったときや、Bさんが「石ころのようだ」と感じる何かに対して否定的な態度を取ったとき、必ず心のどこかで

負け組

という言葉がちらつくことでしょう。

Bさんがこの出来事だけで自分を負け組だと思うわけではありませんが、以前の自分の言葉によって自分を評価していることは確かですね。

私たちに尺度が組み込まれる形態はさまざま

ここまではBさんが自ら進んで自分の尺度を作った例でしたが、他にも私たちが尺度を採用することになるきっかけは無数にあります。

中でも効果が大きいのは、親や目上の人物から与えられる伝統と積み重ねたっぷりの使い込まれた尺度でしょう。

これらの場合のほとんどにおいて、尺度を与える親などに子どもを枠にはめようとする意志はありません。

おうじゃ
おうじゃ

本当に、あなたのためを思って言ってるの。

手に職をつけて資格を取っておかないと、これから先が見えない時代なんだから生きていけないよ!

そもそもこの世界に生まれてから時間の経っていない子どもたちに先が見えているはずはないのですから、彼らにとっては今もいつでも先の見えない時代です。

その海原へ漕ぎ出す前に、もちろん子の安全を心配する親心から、海はとにかく危険だという尺度を与えてしまいがちなのが私たちなのです。

尺度フリーな生き方へ

したがって、もし子どもたちや自分自身が必要以上に恐れを抱かず、それぞれが素直に感じるところにしたがって生きていくのを助けたいと考えるならば、自分の言動によって他者に何らかの尺度・物差しを与えていないかよく注意する必要があります。

その瞬間は冗談や笑い話であっても、表現の仕方によって相手に与える影響はいろいろです。

昔から「そんなつもりで言ったんじゃなかった」というやり取りが人間同士でずっと行われているのもこの辺りにかかわりがあるでしょう。

冗談を言ってはいけないという趣旨ではありません。それを言う自分のトーンやカラー、心のあり方に注意深くなろうということです。


同じ内容の冗談でも、この人が言うと不思議と悪い感じがしないという例がありますね。

人間同士が不必要に互いを評価する尺度を持たないよう、自分の言葉がどんな尺度に基づいているのか確認するのを促すことは、教育の大切な機能の一端です。

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ABOUT ME
おうじゃ
おうじゃ
三つ子の魂いつまでも

あなたがあなた自身であることを応援する、やさしく愛のある文章を目指しています。
現在の主なコンテンツは生活や音楽(特に村下孝蔵さん・シティポップ)。
さらに独自の視点からの「教育論」「福話術」分野を開拓中。

新潟県生まれ。
小学生時代のあだ名は「おうじゃ」。
潜在スキルは「ひょうきん」。

東京大学法学部卒🕊→→司法試験合格🍀→⇒家庭教師、お米賞味マイスター、歌詞解説・鑑賞家、福話術者🎈
詳細はプロフィールページにて。
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