姉妹YouTube「魔法の授業室」開設!
厳選記事・レコメンド

天才歌人・村下孝蔵の隠れた名曲【13曲】をランキング形式で完全解説

村下孝蔵隠れた名曲アイキャッチ
wowja
(記事内にプロモーションを含む場合があります)

私撰 村下孝蔵最高楽曲集

伝説の『午前零時』歌唱ギター一本でベースもドラムもやっちゃいます♪)

ダルマ師匠
ダルマ師匠

頼む! だまされたと思って聴いてみてくだされ! これ観て「時間損した」っていう方はもう……

かんむりちゃん
かんむりちゃん

人でなしよね♪

おうじゃ
おうじゃ

待って、まって! それは言い過ぎ!! そのくらい天才的な演奏ってことだよね!

当記事では、村下孝蔵さんの比較的知られていない名曲を13曲ご紹介します。

ここへ来て下さった方はきっと「初恋」や「踊り子」、「ゆうこ」や「陽だまり」などの代表曲は聴いたことがあることでしょう。

けれど、それ以外の楽曲はあまり大きなヒットにならなかったこともあり、触れたことのない方もいらっしゃるかと思います。

隠れた名曲を集めた当記事は、次のような方にぜひおすすめしたいです。

こんな方におすすめ
  • 村下孝蔵の曲を「初恋」以外にも聴いてみたいけど、他にどの曲がおすすめか分からない
  • 深く聴き込んではいるが、まだ知らない曲があるかもしれない

(⇒まずは代表曲の解説をご覧になりたい方はこちらへ。村下孝蔵さんの総合カテゴリーはこちら・随時更新中)

美しい声にギターの腕前、詩的な情緒あふれる歌詞を生み出すその天賦の才。村下孝蔵さんの楽曲はどの曲にもその曲特有の魅力が詰まっています。

むしろここでご紹介するような有名でない曲にこそ、村下さんの世界観が凝縮されているとさえいえるかもしれません。

一緒にその魅力を紐解いてみませんか??

(当記事はかなりの分量があります。ぜひ目次からお目当ての部分へジャンプしてくださいね↓)

分量のせいでページ読み込みに時間がかかり、大変申し訳ございませんでした。一度読み込めばスムーズと思いますので、何卒ご容赦くださいませ。

スポンサーリンク

村下さんとともに幾星霜

当サイトの管理人は、あるとき以来、ほとんど村下孝蔵さんしか聴いてこなかったといっても過言ではありません。

昨年(2021年)、Spotifyだけの数字ですが、村下孝蔵さんと過ごした時間は、

9,556分=約160時間 でした。

Spotify2021年まとめ・村下孝蔵

(多いのか少ないのか分かりませんけれど……笑 「ロマンスカー」は聴きまくったようですね)

そんな管理人が、当サイトでは、

村下孝蔵の全曲完全解説!!!!

をおこなっています。

メジャーデビュー後、公的に村下孝蔵の作詞作曲として発表された全曲を、一部ランキング形式で取り上げます。

それぞれの楽曲につき、

  1. 当該楽曲についての話題や、歌詞の解説・解題
  2. 聴きどころ
  3. 管理人の感想

を記しております。(⇒当サイトにおける村下孝蔵さん楽曲解説・歌詞解題についての詳しい「考え方」はこちら

あくまで主観的な解説及びランキングですけれど、きっとみなさまにも新しい発見があるはずと自負しています。

各曲の解説は、当該楽曲を執筆の瞬間に繰り返し聴きつつおこなっています。

もしよろしければ、みなさまもご一緒に曲を聴きながらお楽しみくださいませ。

Q
🖋当記事の著者について

この記事を書いた人

新おうじゃ

名前 / Name  
おうじゃ 

職業 / Occupation
お米賞味マイスター、歌詞解説・鑑賞家、福話術者(家庭教師も兼業)

実績 / Achievements
1年に満たないうちに20種類以上の銘柄米を賞味+レビュー。同時に各種音楽の歌詞解説を50曲以上行い、村下孝蔵さんについては公式全140曲の世界観を解説中。【福話術】と題したあらゆる人の心に寄り添う記事を執筆、分野を開拓している。

事前準備(すでに媒体をお持ちの方はスキップしてください☆)

当ページでは村下孝蔵の楽曲を解説してまいりますが、実際に音源に触れながら味わえばその魅力は千倍万倍です。

昨今ではCD等よりもサブスク型サービスの使い勝手がよいかと思いますので、村下さんの楽曲がどの程度含まれているか「だけ」に特化して調査してみました。

もしまだサービスを利用したことがない方は、深く村下孝蔵さんを味わうこの機に合わせて試してみるのもよいでしょう。

管理人もかなりお世話になっています。

⇒詳細はこちらへ(村下孝蔵さんサブスク音楽配信比較まとめ)

サブスクで【全曲】配信中
村下孝蔵さんの「初恋」など全曲を聴けるサブスク音楽配信サービスまとめ
村下孝蔵さんの「初恋」など全曲を聴けるサブスク音楽配信サービスまとめ

サブスク配信の一例

\ 1億曲以上が聴き放題 /

\ 毎日1曲聴けば1ポイント獲得 /

楽天ミュージック

村下孝蔵:人物や性格

村下孝蔵ホームページ

熊本県出身、好きなアイスは「しろくま」。焼酎は芋「白波」。レトルトカレーはマルシェ。

……などなど、村下孝蔵ホームページには楽しい情報やエピソードが残っています。

少し前まで、ソニーミュージックのHPへ統合されて閲覧することができませんでしたが、アーカイブとしてインターネット上に保存されたようです。(Internet Archive

<村下孝蔵さん略歴>ー村下孝蔵HPより

1953年 2月28日、熊本県に生まれる

生家が映画館を経営していたため、映画の影響でギターに魅せられる
九州を離れ広島にてピアノの調律師をする傍ら、自主製作アルバムのレコーディングをする
1979年 CBSソニーオーディションにて最優秀アーティストに選ばれる
1980年 「月あかり」でデビュー
1982年 「ゆうこ」大ヒット
1983年 「初恋」・「踊り子」大ヒット

以降七夕コンサートを筆頭に地道なコンサートツアーを続け、年一枚のペースでアルバムを発表
1989年 「ソネット」
1991年 「アキナ」大ヒット

大ヒットを経て、他アーティスト(裕木奈江など)への楽曲提供(「りんごでもいっしょに」)を行うなど、作家としての力も発揮、「平成の歌謡曲」をめざし意欲的に制作活動を行う。
1999年 6月20日七夕コンサートリハーサル中に倒れ、6月24日(木曜日)午前11時27分、高血圧性脳内出血のため死去。

管理人による肖像

Wikipediaにも村下孝蔵さんに関する情報は多く載っていますから、ここでは管理人自身の視点で村下アニキの人物を語ってみたいと思います。

まじめさと真剣さ

第一に感じることは、とてもまじめで真剣な人物だということです。

たとえば歌詞に英語を使わないことにしていたという話は有名ですが、さらによく聴いてみると、漢語もあまり使われておらず、できるだけ和語を使って曲作りがなされています。

「幸福」でなく「幸せ」、「落葉」でなく「落ち葉」など。

歌の題名には漢語が使われているものももちろんありますが、こうした徹底ぶりは村下さんの性格をよく表しているように思えます。

深いまなざし

また、後期の楽曲を聴いていると見えてくることなのですが、村下さんはどこか遠く深いものに目を向けていたのではないかと感じます。

以下のランキングでもトップに挙げた2曲などは、そうした深みを極限まで見つめたものといえるかもしれません。

その意味では、人知れぬ考察や悩みを誰とも共有できず抱えていたのではないかとも思われてなりません。

まったくの勝手な推察ですが、このような村下さんの性質が稀代の歌人の夭折につながった部分もあるのではないでしょうか。

恥ずかしがり屋なお茶目さん

一方で、ライブ映像などを見ても、アニキはけっこう恥ずかしがり屋さんのようです。

初めて作った『夜空のアンジェラ』を演奏する場面など、かわいらしい笑顔を見せていました。

必聴の隠れた名曲

ランキングトップ10(+3)

それでは、いよいよ管理人が個人的に選ぶ楽曲ベスト10を発表します!

きっと違うご意見の方も数多くいらっしゃると思いますが、どうぞ温かく見守っていただけると幸いです。

『愛されるために』所収

第一位 だめですか?

明日より 遠くまで 星を連れ去り
空隠すように 雨がやまない

解題

はるかに暗い空、どこまでも続く奥行きを持つ宙空から届いてくるイントロで曲は始まります。

この曲はアルバム『愛されるために』に収録されているのですが、当時隆盛になっていたシンセサイザーを本格的に採用した楽曲のひとつとしても知られていますね。

雲に隠れた星空から透明な帯が降りてくるようなイメージでしょうか。

降雨のなか、灰色だが美しい情景です。

本作品の歌詞の基本路線は、想いを寄せた男性へ女性が語りかけるものです。

わたしを好きですか? いまでもずっと 
わたしはだめですか? 待ち続けても

二人が再会する可能性があるのかないのかは読み取れませんが、女性はずっと男性を想い続けます。

そのうち、待ち続けても自分ではだめだろうかと考えるようになります。

しかし、その男性のみをこの世で結ばれる相手と決めた女性は、

両手でも持てぬほど 愛をねだって
まだ足りないと すねた

二人はあるときまで、大変仲睦まじい時期があったのでしょう。

それが失われ、女性は当時のことを振り返って、自分が愛されていた以上の限りない愛を求めていたことに気付くのです。

そして、「愛されるために」、

頼らずにやれたとき ほめられたから 
ただ強くみせたのに

自分自身で独立した姿を男性に見せます。

しかし、そのことが要因かははっきりしませんけれど、男性はこの女性のふるまいに応えることがありませんでした。

この愛されることを求めてやまない気持ちは、男女の恋愛にとどまらず、人間全体の性質に関わるものだと考えます。

「愛すること」がもたれ合うことなのか、求めることなのか、自立することなのか、待つことなのか。

さらに男女の、ひいては人間同士の関わりはどのようなものなのか。

まだ足りないと すねた

エンディングではこのフレーズが繰り返され、いくら求めても足りないという人間の性質のひとつが示されています。

このように、本楽曲は男女の恋愛を基礎に情景を描きながら、人間の根本的なあり方や感情まで広く深くとらえて制作されているものといえます。

イントロのはるか彼方から届いてくる様子や「わたしはだめですか」と問い続ける姿が、それ自体として具体的なものになって迫ってきます。

聴いているうちに、自分自身や人間そのものについて見つめさせられてしまうのです。

この楽曲は音楽の形を取りながら、その範疇を超えて私たちの心の奥深くにあるものを目覚めさせ、芽吹かせ、成長させる力を秘めた作品だと考えます。

よって、この曲を村下孝蔵さんの最高傑作として第一位に掲げさせていただきます。

聴きどころ

上でも触れましたが、イントロのシンセサイザーの入りは空の奥、宇宙の彼方から届いてくるかのような印象を持っており、導入から大変魅力的な楽曲です。

村下孝蔵さんの音楽の中では珍しい電子ドラムのビートも世界観を盛り上げますし、

サビの部分で村下アニキが歌い上げるファルセットは、深みがありつつ高音に到達しており、これもまた本楽曲の味わいを増しています。

さらに、強めにかけられているエコーがたとえば「決して届かない愛」や「無限に広い宇宙で自分だけがここに存在する」といった感覚を生み出す土台になっているようです。

Aメロ、Bメロとサビの間でリズムや歌詞の長さ、音階などが大きくは変化しないことが、本楽曲が徹底してひとつの主題を扱っていることを示しているともいえるでしょう。

管理人の感想

管理人が村下孝蔵さんに出会ったのは、アニメ『めぞん一刻』で使用された楽曲『陽だまり』でした。

順にアルバムを聴き進めるうち、この『だめですか』で奇妙な衝撃を受けたことを覚えています。

確かに『初恋』などとの音楽性の違いという点もあります。

しかし、このごくふつうの表現を用いた歌詞で、聴きようによっては単なる男女間のすれ違いだけを歌ったかのような見かけの中に、

どこまでも深く味わえるものが隠れていることに気付いたとき、身体の芯が震えました。

「愛はこういうものだ」、「恋人同士はこういうものだ」などの定義や評価のような表現なしに、事実のまま情景のままに人間の在り方を語る。

月並みな表現かもしれませんが、このときの村下孝蔵さんには神が宿っていたのだと感じます。

(付記)隠れた曲ランク

村下孝蔵さんを知っていても、本楽曲を知っている例はあまり多くないようです。

冒頭の「午前零時」などを聴いたことがあっても、それ以降「だめですか?」までは追いかけて聴いていなかったり。

もちろん本楽曲がマニア向けだとか、知っているほうがえらいなどという意味ではなく、そのくらい一般からは隠れていて、しかしながら上記のように天才的な究極の名曲だということですね。

隠れた曲ランク=5

(※ちなみにタイトルの「?」は全角ではなく半角の「?」です。……と思いきや、媒体によって表記ブレがあるだけのようです笑)

⇒「だめですか?」歌詞全文

ダルマ師匠
ダルマ師匠

なんと初音ミクバージョンもあるんじゃな!

かんむりちゃん
かんむりちゃん

YouTubeにも映像たくさんあってビックリ~!

『名もない星』所収

第一位(同率) ロマンスカー

愛を貯めてた 少しずつ 君を満たしていたかった

 愛を食べてた ひとつずつ 君を満たしていたかった

解題

ベースとドラムのやや早めのビートから楽曲は始まります。

『ロマンスカー』という題名の示す通り(※)、電車の疾走感、それも高速すぎず滑らかに走り抜ける姿を想起させる導入です。

(※小田急電鉄に、都心と箱根を結ぶロマンスカーという特急電車があります。)

主人公は男性。お相手に女性がいたのでしょう。

二人が現在は一緒に過ごしていないというのが本楽曲の基本的な設定です。

愛情以外は何も 僕らの未来を作れない

愛を貯めるとはどういうことでしょうか。

その貯めた愛を食べるとは、どういうことでしょうか。

男性と女性は愛し合っていたはずです。そして愛情以外に自分たちの未来を作るものはないとも自覚していた……。

けれど、現在はともに過ごしてはいない。

男性は女性を愛するための行為や気持ちをさまざまに表現したり、表現しなかったりしたのでしょう。

その行動は女性のためにおこなっていたもので、とにかく「君を満たしていたかった」。

女性に与えるための「愛を貯め」、女性が与えてくれる「愛を食べて」いた。

この言い回しだけでも、二人の恋愛(と呼ぶのが適切か分かりませんけれど)が順風満帆だったり、うまくいっていなかったりという局面だけに整理されるものではないことがうかがわれますね。

二人は寄り添って美しく光るロマンスカーが駆け抜けるのを眺めます。

夏がだんだん終わってく 何か欲しくてあせってた

 冬がだんだん近づいて 何か欲しくてあせってた

男性は(おそらく女性も)そんな二人の関係性に気付きます。

とても人間らしいことですが、何か確かなものを求めて、しかしそれが何であるのかは分からなくて、心だけが焦ります。

季節は二人を置き去りにするように過ぎ去っていきます。

抱きしめ合うたび何故か 僕らは過去へと逃げてった

確かだと思えるものは、一緒に笑ったり、どこかへ出かけたり、ケンカをしたりした過去にしかありませんでした。

強く抱き合っても、かつて互いに深く愛情を寄せ合った過去の日々が浮かんでくるだけです。

これからをともに過ごすための確かな何かが欲しいのに。

抱きしめ合うことがむしろ二人の分離を浮き彫りにするという目線は、後述する『珊瑚礁』でも見られます。

人間がどれだけ誰かと一緒にいることを願っても、必ず終わりがある。

人間はそれを理解することはできないのかもしれないし、理解すべきではないとさえいえるのかもしれない。

そういうところまで聴き手の心を向かわせてくれる楽曲です。

海にも山にもいつか 並んで行こうね手をつなぎ

もしかすると、男性と女性は単に交際をやめたのではなく、女性が亡くなったことで離別してしまったのかもしれません。

そう考えると、またどこへでも行こうというこの歌詞は、男性から女性への心からの呼びかけであり、永遠の愛の誓いであるとも理解できるところです。

夢がにじむ遠い夜空に 名もない星が流れた

 君はいない

二人の過ごしたこれまでの日々、訪れることのないこれからの時間、それらへの思いが男性を貫くと同時に、見上げる夜空に星が流れます。

その星の名を男性が知るはずもなく、しかし星はそこに流れた。

私たち人間は誰もがこのひとつの星のようなものなのでしょうか。

名がある、名もないなどに関わらず、こうして空の下で生き、どこかへ流れていく

女性は一足先に遠い夜空へ流れていったのでしょうか……。

このような深みを持つ楽曲として「だめですか?」と同じく最高傑作に挙げさせていただきます。

聴きどころ

全編にわたってリズムのよい楽曲です。逆に村下アニキの声は他の曲よりも広々として、のびやかです。

サビの部分の盛り上がりはもちろんのこと、AメロBメロの冒頭部分の優しくも力強い歌声は見事です。いかにアニキが「愛を貯めてた」か伝わってくるようですね笑

さすが村下さんが

「これが売れなきゃおかしい」

と語ったといわれる曲だけあって、メロディーラインもかっこいいですし、エレキギターも使われてますし、全力が投入されたんだということが音楽から伝わってきます。

ただ、村下さんはレコーディングのときにはあまりギターを演奏させてもらえなかったという話もありますので、CD版の本楽曲のエレキは村下さんではないかもしれません。

ライブバージョンはテンポがCDよりも速いことが多くて、パーカッションのポンゴ(これを管理人は「ぽんぽこ」と呼びならわしています)の元気なリズムも相まって、別の味わいがあります。

管理人の感想

有名どころの曲以外で、管理人が一番最初にドはまりしたのがこの曲でした。

比喩なのか比喩でないのかよく分からない歌詞と、やはりどこまでも奥行きを感じさせてくれるような音楽。

村下さんの曲ではよくあることなのですけど「言葉では言えないが間違いなくそこに何か美しい世界がある」という感じにしびれました。

恋愛の歌に見せかけてあらゆる味わい方ができるのもアニキの特徴で、この『ロマンスカー』でもそれはよく表れています。

うーん、何だか上手に表現できませんね。この曲は皆さんにも聴いてもらうしかなさそうです……笑

きっと「愛を貯めてた」「愛を食べてた」の意味を直観したとき、温かな涙が出てくることでしょう。

おまけ

(※「愛は食べ過ぎることがない」という言葉を遺したのはあのシェークスピアだそうです。本項目を執筆した夜、ドリフ大爆笑で長さんから教わりました。)

(付記)隠れた曲ランク

「初恋」や「陽だまり」には及びませんが、本楽曲は村下アニキを聴いたことのある方なら触れた可能性がある曲だと思います。

発表以後のライブでは定番になっていましたし、ファンの中でもかなり人気です。

ライブでもいろいろなアレンジが披露されていて、コーラスもその都度少しずつ違って楽しめます。

隠れた曲ランク=2

⇒「ロマンスカー」歌詞全文

『花ざかり』所収

第三位 北斗七星

赤い屋根の家に住みたい 小高い丘に建ってる

 冬の空 星座なら 君と僕が 寄り添って窓ごしに見ていたい

解題

村下さんがかつて通ったという喫茶店『赤い屋根』がメインのモチーフとされる本楽曲。

伸びのあるエレキサウンドが響き、ロックとさえいえそうなパワーのある導入が印象的です。

男女が星空を見上げながら、これからの二人に思いを馳せています。

将来は外国へ旅をしたり、見たこともないものを一緒に見たり、赤い屋根の家で幸福に過ごすことができるのでしょうか。

さらには素敵なドレスを着て舞踏会で踊る……

そのときを夢見て、二人は互いの指をからめます。

君のぬくもりと僕のぬくもりが

 打ち消し合って なぜか冷たい

二人分の愛情、体温を含んでいるはずのつないだ手は、どうしてかぬくもりを分かち合うことができず、冷たく感じられてしまいます。

ここは想定されている情景が明確ではありませんが、この二人は将来一緒になれないことが確定している間柄なのかもしれません。

あるいは、もはや離別することが明らかな状況にあるのでしょうか。

流れ星 願い事かけるまに 遠くへ 遠くへ 消えていく

 闇夜なら寂しくて いとおしくて 抱き合えばもっと悲しい

ここでも「抱き合うほどに悲しい」というアニキの名言(?)、洞察(?)のようなものが現れてきます。

もちろん、二人でずっと過ごしていくことを流れ星に願っているのですが、この二人はそれが叶わないことを知っているという風情ですね。

おうじゃ
おうじゃ

元も子もないツッコミですが、なぜ村下孝蔵さんはこれほど悲しい歌を唄うのですか……?

二人は過ぎ去った流れ星を背中に感じながら、お互いに見つめ合います。

眼と眼を見つめあえば たがいの顔がうつる

 君の瞳と僕の瞳が 海になり 波にさらわれる

しかし、深く見つめ合うその瞳に映るのは、自分自身の顔でした。

自分が背負っている運命なのか、自分の心の痛みなのか、逃れようのない自分の何かを見せられる。

愛する相手の瞳の中にそれを見せつけられる様子。

お互いにこのことを感じるがゆえに、お互いの瞳は海にもなり、波にもなり、二人を流し去ってしまうのです。

この部分は少し映画的な描き方ともいえそうです。

冬の空 星座なら 君と僕が 寄り添って窓ごしに見ていたい

そのような関係性にあることを、二人はよく分かっているのでしょう。

このひとときだけは北斗七星を一緒に眺めることにして、そしてこの星たちを心の羅針盤として、かけがえのない時間をかみしめているのです。

あるいは、この曲も、すでに女性が去ってしまった後の情景を歌っているとみることもできるかもしれません。男性が二人の日々を振り返っている、と。

聴きどころ

なんといっても、イントロのドラムとエレキギターの力強さでしょう。

この力強さが全編にわたって継続して、楽曲の題材をさらに高めています。

村下さんの中ではかなり明るい曲調の部類に含まれると思いますが、上で確認したように、この曲は感情的にだけでなく、もっと大きなところで如何ともしがたく悲しい内容を歌っています。

しかし、曲調のおかげでその悲しさも前向きに受け止めることができる。

だからこそなおさら悲しいという……。

このパターンもアニキあるあるです。

ライブバージョンでは、アニキが待ちに待ったエレキをビシバシ弾いています。

気合いが入りすぎて、観客の目前までステージ上を動き、両脚を大きく開いた仁王立ちで演奏する姿も。

その後でマイクに戻るのが歌い出しギリギリになって、ちょっと慌ててしまう(え? そんなことない?)というお茶目さも見ることができました。

管理人の感想

もともとさほど注目していなかった楽曲なのですが、ポップで耳にもよくなじむので、再生回数は多かったです。

聴き込むうちに、歌っている事柄の意味合いを味わうことができるようになってきて、この曲もやはりしびれましたね~。

ここまでランキングに挙げた2曲もそうなのですが、とにかく普通の情景や言葉遣いしかしていないのに、ここまでいろいろなことを想起させるのはさすがとしか言いようがありません。

逆説が上手なところもあるのでしょうね。

「ぬくもりが打ち消し合う」とか、物理的にそんなことありえないじゃん~~とも思えますけど、心ではすごく分かる気がしませんか??

ぜひ聴いてみてください!

(付記)隠れた曲ランク

本楽曲も、ファンになって少し時間が経ってから出会う曲のような気がします。

当初の収録アルバム『花ざかり』からは「少女」がメインにシングルカットされていて、そちらは比較的有名な曲ですね。

管理人の手元で確認しただけですが、全曲集『哀愁浪漫』以外では、村下さんが亡くなった年に発売された『同窓會』に収録されたのみなのですね。

それ以降のベスト盤やコンピレーションアルバムには含まれていません。

とてもすばらしい楽曲なのに、これは意外でした。

隠れた曲ランク=5

⇒「北斗七星」歌詞全文

『陽だまり』所収

第四位 珊瑚礁

何ひとつ 失うものがない 君をなくしてしまったら

 取りかえすことさえ 叶わない 命枯れるような想い

解題

水底から星空を見上げているような、きらびやかな静けさを持つイントロで楽曲は始まります。

タイトル通り受け止めれば、珊瑚礁が美しく広がっている海底でしょうか。

しかし、舞台設定の中心はもちろん男女の関係です。

深い海の底 眠る夢は 欠けて満たされぬ珊瑚礁

 幾つもの星と 空の下で 捨てられた あはれ恋心

あまたの男女たち、人間たちの恋愛や関わり合いを、珊瑚礁が海深くから優しく見守っている情景でしょうか。

その珊瑚礁も欠けていて、完全ではありません。

同じように、無数の星々や限りない空の下で、人は、恋する心をさまざな理由や状況のもとに手放します

そのたびに、人は思うのです。

何ひとつ 失うものがない 君をなくしてしまったら

と。

もちろん恋愛に関わる気持ちだけでなく、夢や目標など、人間が大切にせざるを得ないものなら何でも当てはまります。

濡れた髪のまま浴衣姿 雨上がり古い境内 

Bメロに入って、楽曲は急激に私たちに身近な情景へと変化します。

おそらく男性目線でしょうか。

サッと降って上がった雨に髪を濡らしたままの女性とともに、古い神社へと足を運びました。

浴衣姿で十五夜の月を見上げるとすると、季節は夏でしょうか。

暦に照らすと、夏場なら19時前後に十五夜の月が昇り始めるとのことですから、それ以降の時間帯に一緒に過ごしていることになります。

この月の中にウサギが見えるほどなので、周りもある程度暗くなければならないと考えると、やや遅い時間なのでしょう。

このまま離れずに夜を過ごし、これからも一緒に過ごしていきたいけれども、

見失い言葉でつくろえば 君をなくすことを恐れ

 強く抱きしめればそれだけで 二人別々と知らされた

二人の心の細い糸はねじれ、互いを映す窓にはひびが入っています

それを繕うため安易に言葉を用いると、誤解や行き違いを生みかねません。

男性は言葉を捨て、女性を強く抱きしめます。

しかし、腕に感じる女性の身体、体温、薫りなど、それがありありと伝わってくることで、かえって「自分自身と目の前の女性が別の存在である」ことを思い知らされるのです。

その意味では、この男性はすでに女性を失ってしまっていたともいえるかもしれません。

おうじゃ
おうじゃ

悲しい……本当に悲しくて、美しい、尊い……。

珊瑚礁が人間たちの営みに耳を傾けていた情景から、男女の別れの情景へと、遠近、大小自在に展開していく本楽曲。

ここにも、村下さんが自身の過ごす日常と広い視野からの目線の両方を備えながら曲作りをしていたことが見て取れると思います。

聴きどころ

曲の終わりにかけてのサックスを取り上げないわけにはいきません。

コーラスとともに高らかにメロディを歌い上げ、遠くへ離れ去っていく様子は、最後の村下さんのファルセットに込められた想いを絶妙に表しています。

君を失えば他に何も失うものがない、という男性の気持ち。

ふくよかさのある透き通ったファルセットでその気持ちを響かせるアニキ。

これを引き受けて、サックスの音色は空高くへと舞い上がり、十五夜の月をかすめ、楽曲冒頭の珊瑚礁が眠る美しく深い水底へと聴き手をいざないます

わずか十数秒の演奏で、これほどに広い空間へと導いてくれる音色がこれまでに存在したでしょうか……。

音楽のせいもあるかと思いますが、村下アニキの歌唱も他の曲より一段と透明感ある仕上がりになっています。

管理人の感想

この曲もハマりました……相当にハマりました。

第一に、イントロの海底感(?)がとても美しくて、その部分だけでも心地いいのです。

サビの盛り上がり方、感情をしっかりと組み込んだ歌詞もすばらしく、何度も何度も口ずさみました。

きちんと聞こうとすると、具体的にどういう状況なのか掴み切れない部分も多くて、村下アニキの詩人らしさが強く出ている楽曲だと思います。

ロマンスカーのところでも書きましたが、はっきりとは分からないのに明らかに美しいというのは大きな魅力なのです。

ぜひ美しい本楽曲を味わってみてください。ほんの5回ほど聴けば、ラストの村下さんのファルセットに涙が出てくることでしょう。

(付記)隠れた曲ランク

「初恋」や「踊り子」のイメージからは、きらびやかにも思えるタイトルの本楽曲が村下アニキによるものだとは想像しにくいのではないでしょうか。

収録アルバムの点でも代表曲の一つ「陽だまり」の背後に隠れて、やや注目されにくいように思います。

隠れた曲ランク=4

⇒「珊瑚礁」歌詞全文

【コラムーちょっとひと息ー】

「午前零時」演奏の謎……?

本記事冒頭で取り上げた「午前零時」のライブ映像ですが、ムラシタン(村下さんファン)の間では、サブのギターもなく村下さんが完全に一人で演奏しているものと話題になっています。

確かに映像ではご本人以外は陰になっていて見えませんね。

しかし、演奏の完成度が高すぎて、かえって一人のはずがないという気持ちもしてきます。

よく見ると、通常の演奏に比べ2倍のリズムで腕が動いている様子ですし、個人的には本当に一人で演奏しているのだと思いたい気持ちです(笑)

すごく耳を澄ませると、ズドドドド……と絶え間なく弦がこすれる音もしています。

『新日本紀行』所収

第五位 稚内から

直線の灰色の道を 北へ走らせる

 最果ての雪の空港は 凍り付く

解題

雪がちらつく、あるいは雪が降り積もった後の、冷えて鎮まった情景を連想させる導入から楽曲は始まります。

やさしくリズムを取る木琴が記憶を描写しているようでもあり、男性と女性が現実に「灰色の道」を移動している様子を想起させもします。

村下アニキの楽曲の基本路線かとも思えてきますが、結ばれない相手との小旅行が基本的な場面設定ですね。

タイトルに北海道の地名「稚内」が含まれていますし、北へ向けてまっすぐな道を車で走っていたのでしょう。

北海道の、特に道北へ向かう道は本当にまっすぐです。

北海道道106号稚内天塩線(日本海オロロンライン)
北海道道106号稚内天塩線(日本海オロロンライン)

窓から吹き込む風が滝のように鳴っているというのも、二人の関係性を暗示するものがあります。

冷たい風でしょうから、窓を大きくは開けられないわけですね。

揺れてた島影の名前教えたね 君を連れて歩いたあの春

 北の国で明日を誓った 地の果てまで

位置的に、ここで見える島影は稚内の西にある利尻島や礼文島です。

車から眺めつつ名前を教えたのか、息をつくために停車して歩きながら女性に教えたのか、どちらも考えられる表現です。

その後、二人は「地の果てまで」ともに行こうと誓いました。

「稚内から」というタイトルには、最果ての地から二人が新たに関係を始めるという意味も込められているでしょうか。

春の稚内地方ならば、まだまだ雪や氷に閉ざされている場所がほとんどです。

草原の緑や青が際立つことはなく、村下アニキも描写するように灰色の風景の中での出来事ということですね。

いたずらに年を重ねたよ 一人きりになり

 行き着く場所が何処かにある そんな夢

しかし、男性と女性はお別れしてしまったことが分かります。

男性はその後もおそらく女性のことを想いながら年を重ね、どこかにたどり着く場所があるはずという気持ちも抱えながら、それが叶わない夢にすぎないことも理解しています。

この「行き着く場所」の意味合いですが、女性に対する自分の気持ちの決着ととらえてもよいですし、もっと広く、男性や女性のそれぞれの人生が向かって行く先のような意味にとらえることもできそうです。

淀んだ空にも日差し探した 真綿色の雲が浮かんでた

晴れた日ではなく、まだ寒さも厳しい稚内地方の春の景色の描写として、「淀んだ空」というのはぴったりの表現にも思えます。

比喩としてみれば、男性の日常(人生)が女性を失って淀んだものになってしまったけれども、その中でも光を探して生きたことを表していると読めます。

「真綿色」は、はっきりスッキリとした白色ではなくて、やや黄色みがかった白色を指すようです。

ここにも村下さんの言葉選びのセンスがうかがわれます。

納沙布岬からサロベツ原野へ 二人輝いてたあの春

 片手引いた丘に佇む

この部分は地理的に少々検討が必要です。

「納沙布岬」は北海道の東端の根室地方(道東に存在する岬である一方、「サロベツ原野」はここまで男性と女性がともに旅をした道北地方にあるのです。

納沙布岬からサロベツ原野までは500キロほどの距離があり、車でも15時間以上かかりますので、一気に駆け抜けたとみるのは本楽曲の風情と合いません。

凍り付く最果ての空港へ向けて、数百キロの距離を、わざわざ北海道の東の端から走っていくというのもなんだか奇妙です。

ところで「ノシャップ岬」という場所が稚内市に存在します(笑)

こちらは沈んでいく夕日が美しい場所で、さらに稚内市内には徒歩で登って散歩ができる山とも丘とも呼べそうな高台があります。

よって、重大な指摘(?)ですけれど、村下さんはこの歌詞の部分において地名ミスをした……のではないかな~と管理人は考えています。

男性と女性は「ノシャップ岬」を訪れ、海を遠く見渡せる丘に手を取り合って登ったのでしょう。

男性は、今度はひとりだけでその丘に立って思い出をたぐっているということになります。

この指摘は半ばジョークです。本楽曲の素晴らしさはまったく揺るぎません。

ここまで見てきたように、本楽曲は実際の地名も歌われて、リアルな情景を思い浮かべられる構成になっています。

しかし、それと反比例するように、男性と女性がどのような背景を持ち、どんな関わり方をして、最終的にどうなったかという点はこちらの読み取りに委ねられていると感じます。

二人がともに過ごしたこと。結ばれることがなかったこと。

それらの事実が、男性と女性いずれにとってもひとつの大切な局面だったということが示されているといえるでしょうか。

ここで「この曲は何言ってるか分からないや~」とならずにどこか感じさせられる部分があるのも、やはり村下さんお得意の事実に語らせるワザでしょう。

聴きどころ

曲を最後まで聴いて知っているから言えるのかもしれませんが、導入部分の音色による楽曲全体の風景描写が見事です。

イントロだけでもう風景が浮かんでくるのです(笑)

ひとつひとつ場面を切り取っているようでありながら、最初から最後まで流れがつながっていることも上手に表現されていると思います。

サビの盛り上がりは口ずさむのにちょうど心地いいですし、男性や女性の動作の部分がそこで歌われているのも、聴き手に印象を持たせる効果十分です。

何よりも村下アニキの歌い上げが美しいのですけれど。

管理人の感想

管理人はライブバージョンで初めて本楽曲を聴きました。

実に悲しさを際立たせたアレンジがなされていたのを覚えています。

たぶん『しのびあるきのたそがれに』というベストアルバムだったと思いますが、はっきりと思い出せません。

メドレーに含まれていたバージョンなので、違うような気もするのですが……。

おうじゃ
おうじゃ

改めて確認しておきます!

ともかく、その物悲しさにやられました。

個人的には、村下さんの楽曲って「切ない」という感情ではないように思うのですよね。

「切ない」というとそれを感じる個人に結びつきが強いですけど、物悲しいとか、まさに哀愁があるとか、一歩引きながらも直接にその事実や感情を味わっているような……。

この「稚内から」はそういう感覚が見事に表されていると思います。

(付記)隠れた曲ランク

メドレーにも含まれて、ライブで演奏されることもあるので聞いたことのある方も多いかもしれません。

しかし、それもやっぱり村下さんファンになってから、という印象です。

実際の地名が入る曲にはやや抵抗がある人もいそうですし、本楽曲はどちらかと言えば通好みという感じでしょうか(笑)

隠れた曲ランク=4

⇒「稚内から」歌詞全文

『花ざかり』所収

第六位 夢のつづき

(こちらはプロモーションビデオですね!)

あなたの夢を聞かせて そうしていると

 幸せな気分になると 君は笑った

解題

強めのエフェクトのかかった、おそらく電子ドラムなのでしょうか。

これからとある男性と女性のとある時間を切り取ってみせるぞ、というような明確な主題の打ち出しです。

そこへキーボードのやや時代がかった帯のようなメロディが現れ、一気に男性と女性がともに過ごす一室へと場面が迫っていきます。

女性が男性の顔を見つめています。

愛しているがゆえに、これからも一緒に過ごしていくことを当然と思っているがゆえに、男性がどんな夢を持っているのか尋ねたのです。

しかし、

ワイングラスをあふれた 僕達の時間

 こぼれてしまった後で ふと気づく

二人は多くの時間を分かち合ったのでしょう。

その分かち合った時間はもはや過ぎ去り、夢のようでもあり、しかし目の前には確かにお互いの姿がある

どこか関係が変化してしまったことに、二人はふと気づくのです。

もちろん、どちらかに責任があるとか、どちらがいけないとか、その程度の話ではありません。

二人は「雪の中をかける子犬のように」、互いの気持ちを思いやり、互いにたくさんの話をして、愛し合いながら歩きました。

「帰り道たしかめながら遠く」へ進むように、二人の関わりを大切に慎重に深めようとしていたのです。

したがって、

ひとつ上の愛を求めたわけじゃない ひとつ上の恋を探したわけじゃない

のは二人にとっては当たり前のことで、この関係をずっと大事にして育てていこうとしていたのでした。

貯金箱につめこんだ 小さな硬貨

 取り出そうとこわしたよ まるで子供さ

ここは比喩的な表現だとみるのがよいと思います。

「ロマンスカー」でもありましたが、ここで詰め込んでいる「硬貨」は男性と女性のお互いの愛なのではないでしょうか。

二人は十分に愛を貯めたのです。

しかし、その貯めた愛が、どういうわけかどこへも連れて行ってくれない

ほしいもの手に入れても 満たされぬ心

 たった一人の自分を かばってる

お互いに、一番大事な相手が目の前にいるというのに、どこか満たされない気持ちがぬぐえません。

自分ではできうる限りの愛を相手に向けましたし、相手も同じように慮って一緒の時間を過ごしてくれます。

ですが、その「愛」の出どころが、お互いに「自分自身のため」なのではないかということに気づいたとき、二人の心は走るのを止め、二人の関係は夕暮れを迎えるのです。

僕にもたれかかり 海を見ていた

 牡丹色の夏の日が 暮れてく

もはやこれまでの関係が維持できないと悟った女性は、男性にもたれかかり、遠く鳴る海を眺めます。

男性も、二度とは来ない目の前の情景を見つめたまま、女性の身体の重みや感触を受け止めています。

牡丹色とは、やわらかい赤紫のような色とされています。

この場面は波止場なのか海辺の部屋の一室なのかは分かりませんが、一面の牡丹色の景色の中で二人が寄り添い合う光景が見に浮かびます。

二人はどちらもこう思っているのです。

ふたり夢のつづき 歩いていたかった

 ふたりこれから先 このままと信じてた

互いに同じことを思い、同じ幸せを願い、同じ道を歩もうとしていた。

思いやりが欠けていたわけでも、やさしさが足りなかったわけでもありません。

ただ、たったひとつの気づきによって、二人の関係がそのように変化したのです。

その気づきは、人間が「愛する」ということの意味を根本から問い直すものでした。

ここからは本当に聴き手それぞれの解釈になると思いますが、二人が愛し合っていたようにみえたのは、お互いに「自分の投影」を愛していたからなのでしょうか……?

それでは、二人の人間がいて「愛し合う」とはどういうものを指すのでしょうか……。

奇しくも村下兄貴はこの二人の関係を「」と呼んでいます。

聴きどころ

ドラムの音がはっきりとしていて、曲の速さ以上にポップにも聞こえる本楽曲。

しかし、悲しく奥深いテーマを扱っていることが全編にわたって明らかな曲調です。

コーラスの「うぉううぉう!」という部分は、上で見てきたような内容とは似ても似つかないほどに力強さを持っています。

村下さんの歌唱にも多少エフェクトがかかっているでしょうか。

もしかしたら、人によっては古めかしい感じにも聞こえるかもしれませんね。

でもそこがよいのです笑

管理人の感想

本楽曲についての私的なエピソードといえば、YouTubeのコメント欄でお話しさせていただいた外国の方のために、歌詞を英訳してあげたことです。

その方はこの「夢のつづき」が大好きだということで、管理人も気合いが入って英語で歌えるように訳すのをすごく頑張った覚えがあります(笑)

サビの部分などどんな単語にしようか悩みましたね~。

村下さんの語感をくずしてはいけませんし、英語と日本語のリズムの違いもありますし。

やや記憶が薄いですが、その方のメールアドレスを教えてもらって、完成した英訳歌詞を送って任務完了でした☆

おうじゃ
おうじゃ

原稿が残っていればこの場でもお披露目できたのですが……

かんむりちゃん
かんむりちゃん

またやってみても面白いかもね??

(付記)隠れた曲ランク

村上保さんの美しい切り絵のPVもあり、シングルにもなっている本楽曲ですが、巷で広く認知されてはいないようです。

(途中で病気をされたり、村下さんの音楽活動の展開として致し方ない部分もあるのだと思います。)

ベスト盤への収録率(?)もまずまず高いので、村下さんと出会えば早い段階で触れる楽曲でしょうか。

隠れた曲ランク=3

⇒「夢のつづき」歌詞全文

『名もない星』所収

第七位 いいなずけ

幼い頃から ずっと つながれて

 いいなずけと呼ばれてたよ きっと二人

解題

男性が女性への想いを歌う本楽曲。

そろそろここに取り上げて書かなくてもよいかもしれませんが、またしても、結ばれなかった男女の関わりが基本背景です(笑)

しかも本楽曲はこれまで紹介してきた楽曲と違い、明白に「道ならぬ恋」であることが示されいますね。

あの夏買った風鈴が 静かに鳴いて風に揺れる

 いつまで心を重ね 祈ってみても 隠れた恋

かすかにドラマ性を含んだ、落ち着いた清らかなピアノの伴奏から始まりますが、冒頭で早くも二人が「隠れた恋」の関係にあることが表現されます。

互いに惹かれ合った二人は、おそらく時間や都合のやりくりをして、旅に出かけたのでしょう。

屋台なのか露店なのか、夏祭りの神社やその気配が及ぶ夜の街角で、涼しく美しい音色を奏でる風鈴に出会い、記念に購入したのです。

楽曲の最初から振り返っていることを見ても、この風鈴の音が二人にとってどれほどの感情を呼び起こすものだったかは想像に難くありません。

「愛してる」「愛してる」くり返し 抱きしめ合い

抱きしめ合う間、風鈴は窓辺に吊ってあったのでしょうか。

二人がひとつずつ入手したとすれば、風に揺れる音も二つで、共鳴したりしなかったりしたことでしょう。

いかに交わって混ざり合っても、決してひとつになることのない二つの音色が、忍んだ旅先で抱きしめ合う二人の耳にどのように聞こえたでしょうか。

どれほどお互いを想い、どれほどお互いに祈っても、この関係が先へ進むことはない。

すでに何度も出てきていますし、この男女の在り方は村下さんの根本テーマなのかもしれません。

もしもできるなら すべてなくしても

 人生やり直したい 君とならば

もちろん男性としてはこう言わざるを得ないのでしょう。

道ならぬ恋だからこそ燃えるというのではなく、ここに本当の愛があることをはっきりと自覚してしまったがゆえに

幼い頃から ずっと つながれて

いいなずけと呼ばれてたよ きっと二人

ここで言う「いいなずけ」は、幼少期から親同士が婚約をしていた当人たちという意味ではなく、もっと深いところの意味合いだと考えます。

「ずっと つながれて」いるほどの二人というわけですから、いわば運命や神が定めた間柄というレベルのものを指しているのではないでしょうか。

あの夜水辺の道で 見ていた夢は白い蛍

手招き誘ってみても 宙を回って逃げて消えた

二人で出かけた旅行の続きの情景です。

あえて劇的に描いてみれば、二人は購入した風鈴を手から提げて風に鳴らしながら、水辺の道へたどり着きました。

このまま二人でずっと過ごしたいという「夢」は、白い蛍のように宵闇に淡く輝きます。

こちらへ引き寄せようと手招きをしても、蛍はほのかに瞬いたまま、逃げて消え去ってしまいました。

風鈴の音色が静かな蛍の羽音となって、二人を包んだことでしょう。

許される 許される その日が来ると信じて

二人の関係が許される日が必ず来る、と二人は信じます。

この「許される」とは、例えば親などの二人を許す主体がいるというのではなく、社会が不倫を許すというのでもなく、互いの人生の道筋がそれを許すときがきっとくるはずだという意味に捉えたいと思います。

二人は現在の自身の環境を呪っているのではありません。

いま、共に暮らしている相手がいたり、責任を負っていたり、将来へ向けて活動している事柄がある、そのことを二人は否定していません。

ただ、このお互いの結びつき、お互いへの愛情に圧倒されているのだと思います。

どんなに冷たく 突き放されても 

 貧しくても 構わない 君とならば

現在の自身の置かれた環境を十分に分かっていながらも、こう言いたくなってしまう、それほどのつながりを二人は感じたのですね。

どうして人生のこのときに出会ってしまったのか、こんなに何もかもぴったりの二人ならば、

遠い街角で 初めに出会って

 ありふれた恋をしてから 結ばれたかった

どこまでも美しい二人の心が垣間見えます。

聴きどころ

男性の想いを叫ぶ村下兄貴のサビが聴きどころかなと思います。

歌詞のせいかもしれませんが、比較的長めなサビが用意されていますし、その中でも盛り上がりへ向けた段階が踏まれているのがいいですね~~。

サビとそうでない部分の対比がはっきりしているのも特徴かもしれません。

全体として曲の雰囲気は一定で、音量が大きくなるという意味でもないのですけど、コントラストがはっきりした楽曲なのです。

CD音源では村下さんの声がややかすれることがあって、どことなくささやく感じがするのもgood!

管理人の感想

もちろんこの曲もハマったんですよね~(笑)

二人の姿が悲しすぎるし、美しすぎるし、尊いし……

そして、やっぱり村下アニキはこの曲でもほとんどを事実描写のみで攻めているのです。

気持ちの中身とか、呼びかけや台詞ももちろんあるのですけど、そこに臭みを感じないのはどういうことなのでしょうか……。

個人的には、まさにそれがアニキのものすごいところのひとつだと考えています。

独白でもなく、説明でもなく、詩とはこういうものなのですね。

(付記)隠れた曲ランク

題名といい歌詞の内容といい、村下さんらしい部分が多いと思うのですが、やはり有名曲のようには知られていません。

「ロマンスカー」と同じアルバムに初出ですので、アニキの天才さが冴えわたっていた時期の楽曲です。

もっと聴かれるといいなぁ……。

隠れた曲ランク=5

⇒ライブバージョン(投稿者様が近く削除予定とのこと)

⇒「いいなずけ」歌詞全文

【コラムー村下兄貴の歌唱ー】

かんむりちゃん
かんむりちゃん

聴かせる歌声」っていう表現があるけど、村下孝蔵さんもやっぱりそれに当てはまるのかな??

同じ疑問を持った方もいらっしゃるでしょう。

答えはYESでもあり、NOでもあります。

やや年代が古くて恐縮ですが、布施明さんとか、安全地帯の玉置浩二さんとか、TUBEの前田亘輝さんとか、もちろん他にも歌の上手なミュージシャンはたくさんたくさんいますよね。

(ちなみに玉置さんは村下アニキの「初恋」をカバーしています!)

こういう方たちって、とても歌唱が上手なので、どんな曲でも自分のものにできます。

まるで最初からその人たちの曲だったみたいに、こちらへ歌声を巧みに届けてくれる。

ところが、村下さんの場合は趣が違うと思うのです。

村下さんは決してこちらに働きかけて聴かせるような歌い方はしません。

かつては『流し』(ギター一本で酒場などを回り、注文された曲を弾き語る)をやっていたこともあるとのことですし、あくまで自分の歌を強気に出す感じではないのです。

いわば、自分の歌う楽曲そのもののために歌うといいますか……、空へ向かって歌うといいますか。

たぶん私たちが村下兄貴の歌唱やライブ演奏に心打たれるのもその辺りに関係がある気がします。

自分自身を使って作品を表現する、やっぱり生粋のアーティストなんでしょう。

村下さんやその演奏自体が絵画だったり、彫刻だったり、ダンスだったりするので、ご本人はこちらへあえて働きかけたりしないのです。

ただそこにいて、見事な演奏をする。

それが作品であるような人……。

ダルマ師匠
ダルマ師匠

なるほど、じゃから村下孝蔵は【歌人】と呼ばれるんじゃな!

おうじゃ
おうじゃ

お後がよろしいようで……☆

『陽だまり』所収

第八位 夢からさめたら

夢からさめたら 目の前に 君が立っていた 愛ぶらさげて 

 どんな時でも陰から見てくれてた

解題

聴き方によっては悲劇を連想させるようなシンセサイザーの導入で楽曲は始まります。

もちろんそこには村下さんの繊細さが表現されてもいるのですけれど、本楽曲の哀しさを冒頭からはっきりと見せつけてくれていますね。

タイトル通り、半ば夢の情景なのかと思わせる歌詞が特徴です。

男性が目を覚ますと、そこには愛を「ぶらさげ」た女性が立っていました。

「どんな時でも陰から見てくれてた」ような女性ですから、二人は深い関係にあり、しかも女性が男性を応援するような状況もみられたのでしょう。

愛をぶらさげるとはどういう意味なのか。

この部分の歌詞をプラスの意味合いでとれば、何も飾りのない愛を丸出しにして女性は男性と関わっていたということになりそうです。

胸に抱えていたのでもなく、握りしめていたのでもなく、ただ「ぶらさげていた」。

そこにはこの二人の互いに対するまっさらな愛情が表現されていると考えれらないでしょうか。

かつてこのような関係にあった二人なので、

ぬくもりがあふれた あの場所へ 帰れるものならば帰る

 二人自転車に乗り 走ったね しがみついて笑った君のもとへ

男性は当時への想いを歌います。

二人で自転車に乗っていたというのは、村下兄貴お得意の映画的な表現でしょう。

典型的な情景としては、男性が前でハンドルを握り、女性が後ろに座るか立っているかして、互いに底抜けに笑いながら自転車で風を切っている様子。

そこにはどんな心配も、どんな苦しみもなく、互いへの愛とその表れがあるだけ。

寂しくなったら側にきて もたれあうように ああ 支えあった

 さむい時には肌あわせ 温めあった

こうした二人の関係に変化が訪れたのか、先述の「夢のつづき」のように、どこかで立ち行かなくなることが分かってしまったのでしょうか。

ここも人間的な表現かもしれませんが、お互いがいるにもかかわらず、二人は「寂しく」なるのです。

そのときにも「もたれあうように」支え合い、寒さにも肌を合わせて温め合います。

言葉選びからみても、本楽曲において、村下兄貴はこの段階の二人の在り方を望ましいものとしては扱っていないように感じます。

この箇所には「~し合う」という描写が多数現れます。
しかし「合」の漢字が用いられていないことには、何らかの意味が込められているのでしょうか……。

(追記)
他のアーティストさんの楽曲でも、この場合に「合」という漢字を使う例はあまり見かけません。作詞の世界ではそういうものなのかもしれませんね。

だけれど、もたれ合わざるを得ない二人は、些細なこと、小さなことで食い違うようになります。

ちっぽけな幸せにこだわって 道に迷ってばかりいた

 やっと集めた光さえも 指の間もれた

その都度その都度の自分の意見や、状況の要求することへの対応など、「ちっぽけな幸せ」にこだわることで、二人の関係は混迷していきます。

関係を維持し、発展させるために二人で「集めた光さえ」、再びちっぽけな幸せを探すために手を広げると、そのすき間から漏れていってしまいます。

あるいは、いくら集めても、もはや二人のぬくもりある関係という光は消えていってしまいます。

だから、男性は、

二人自転車に乗り走ったね

 しがみついて笑った君よ

と追憶をたどる夢を見るのかもしれません。

全体として、そもそも二人の関係は夢だったのではないか? という空気が醸成されていると思います。

村下さんは悲しい情景を歌い続けましたが、実際にはそれを否定してはいないという点に注意が必要です。
人間が生きるうえでそれらの事柄は必ず生じてくるということへの温かな目線といえますね。

聴きどころ

どんな曲でもそうかもしれませんが、この曲はイントロではっきりとこの曲だと判別できます。

村下ワールド全開の悲しさがガツンと来るのですよね。

村下兄貴の歌唱も、まるでどなたかを念頭に置いているかのように光っています。

自分の経験してみたいことを曲の中でやっている

とコメントしていたこともあり、確かに純愛や道ならぬ愛などそういう楽曲も多いですが、この「夢からさめたら」はご自身の経験も含まれているのではないかと感じます。

そこから来る「きみよ~~~~~~~」の叫びは逸品ですね。

管理人の感想

全部の曲に書いてしまいそうですけど、この曲もハマりました……(笑)

今回、解説を書いてみて、当初考えていたよりも夢の中のような色合いが強い楽曲なのだなと知って驚きました。(もちろん個人的な理解です)

「夢からさめたら」って、最初期のラブラブ関係から醒めてみると、という意味にも取れますね。

でも管理人はこのとらえ方はちょっと規模が小さすぎるかなとも思ったりして。

愛をぶらさげるという言い方の得体の知れなさも魅力的ですし、「だめですか?」と同じく……というよりもアニキの多くの曲と同じく、愛することへの問いかけになっているのも素晴らしいです。

この歌のような結末も、そうでない結末も、人間は自分自身に愛を問いかけながら進んでいきます。

その意味では、アニキは毎度とても力強く人々を応援していたといえますね!

ダルマ師匠
ダルマ師匠

村下殿はそのことに意識的だったのかのう、知らず知らずのうちにだったのかのう……。

(付記)隠れた曲ランク

本楽曲もベストアルバムに収録されない曲の代表ですね。

「北斗七星」と同じく『同窓會』にしか含まれていません。

個人的に知る限りではメドレーとして演奏されたこともないようですし、もしかすると村下さんの楽曲の中でもレアな位置づけかもしれません。

ご自身がこの曲をどう評価していたのかお聞きしてみたいです。

隠れた曲ランク=5

⇒「夢からさめたら」歌詞全文

『名もない星』所収

第九位 一粒の砂

夜空を埋めてる星くずに
ひとつひとつ名をつけた
果てなく広がる地平線
街の灯り 探した

解題

まずタイトルから、人間がこの世界においてみな一粒の砂のようなものだという理解が読み取れます。

これまでにも村下さんは人間の深い部分をよく見抜いて音楽制作をしていたのではないか、ということを述べてきましたが、本楽曲は真正面からその主題に取り組んでいる点が特徴的ですね。

タイトル通り、大きな世界観を表現することを目指した美しくも力強いイントロが用意されています。

人の気持ち繋いでる
何か大切なもの見つめてた

人は誰もが一粒の砂だという理解からすると、「夜空を埋めてる星くずに」名をつけたのは男性でもあり、女性でもあり、共に過ごす二人でもあり、あなたでもわたしでもあります。

そんな人間たちは誰もが、果てしなく広がるこの世界の地平線において、各々の「街の灯り」を探しています。

また、誰もがそのように生きつつ、人間同士の気持ちを「繋いでる何か大切なもの」を見つめ、求めています。

それぞれが一粒の砂として独立してありながら、互いの気持ちを繋ぐ何かを常に探し求めている。

後に「ひとりぼっちで」と高らかに歌いますが、ここに村下さんの人間理解の重要な側面が表れている気がしてなりません。

金と銀との心を抱え
月の砂漠を一人歩いた

この「金と銀」はあのきんさんぎんさんのことではありません。

突然の冗談、申し訳ありません。ご存じない方もいますよね(笑)

本楽曲はイメージは分かるけど難解と評価すべきものの代表かと思いますが、この部分も特に解釈が難しいところです。

金や銀は価値のあるもののことを指しているのでしょうか。

とすれば、私たち人間の抱える心は美しく価値ある「金と銀」のようなものであり、それを携えて月の砂漠を歩んでいると見ることになります。

その金と銀の心が月に照らされた砂漠で輝き、活動しています。

昼と夜との隙間を抜けて
涙の河を泳ぎ続けた
ひとりぼっちで

月の砂漠を歩いていたのですが、そのうちに「昼と夜」が渾然一体となって、その「隙間を抜けて」私たちは進みます。

そこには、私たち自身や、先人たち、そのほかいろいろなものが流した「涙の河」が水面を震わせて流れていました。

人間はこの涙の河を「ひとりぼっちで」泳ぎ続けるのです。

言葉に出来ないことを表現する手練れでもある村下アニキですけれど、昼と夜、男性と女性、あなたとわたしなどの二元性に対する目線、その奥にあるものへの目線も備えていたと感じます。

(抱きしめ合うほど二人は別々、と歌う「珊瑚礁」など。)

道草している旅人に
数えきれず恋をした
命に限りはあるけれど
愛の形さぐった

Bメロに関しては、男性と女性の関わりと捉えてもよいですし、ここまでと同じく人間みなと解釈してもよいと思います。

男性も女性も、互いに、そうでなくともこれまでに、砂漠を歩む途中で「道草している旅人」にたくさん恋をしましたし、これからもするでしょう。

そうした関係に終わりがあるように、「命に限り」があることを本楽曲に登場する人間たちはよく分かっています。

だから、たぶん「何か大切なもの」であるはずの「愛の形」を探ったのですね。

一期一会なんてまとめてしまうとちょっと狭小な感じもしますけど、この限りある生において、本当に大切な何かをみんな探しているという意味合いでしょうか。

雨に濡れた夢を見て
切なく悲しい雲を引きずり

詩的な色合いが増していきます。

数多くの恋をし、それぞれの愛の形を探る私たちですが、二人一緒に歩いてもときに涙は流れます。

その涙が雨になるのか、折々には「雨に濡れた夢」も見るでしょう。

互いという存在を見出したと思っても、二人の関係や命にさまざまな事柄は必ず訪れますから、喜びだけでない感情は多く生じてきます。

そのような「切なく悲しい」想いは雲になり、私たちについて回るのですね。

人間はこの「雲」をいつも引きずって生きていくのだ、という村下アニキの認識かもしれません。

雲からは雨が落ちてきます。

涙の河の上に浮かぶ雲の哀しさと美しさが、ここで意識されそうです。

金と銀との衣装を捨てて
月の砂漠を二人歩いた

先ほどは人間の心が金や銀のように美しいものだ、という理解を採用しましたが、ここでは衣装について金と銀という表現が使われています。

楽曲の主題やイメージからして、ここで二人が「衣装を捨て」たという意味は、きらびやかな装飾を脱ぎ捨てたというものではないと考えられます。

人間それぞれが身につけている何か(外面的な顔、服、財産、考え方など?)をすべて手放して、二人が歩んだという点がポイントでしょう。

この理解が、楽曲終盤でさらに村下兄貴が示したかったものへつながる気がします。

夏から冬へ季節を重ね
裸のままで流れ続けた
ゆくあてもなく

二人は季節が変わっても、季節が再び訪れても、「裸のままで流れ続け」ました。

ここで二人を押し流していたのは「涙の河」でしょう。

誰もがひとりぼっちなのだから、二人になり、何人になろうがひとりぼっちであることは変わらない。

ともに歩めば行き先が見つかるということでもない。

だから「ゆくあてもなく」人は流れ続けるのですね。

炎ふたつ合わせても
大きな炎になり燃えつきる

ひとりぼっちの人間が二人になっても、「大きな炎に」はなるかもしれないが、結局は「燃えつきる」。

人間はこれに抵抗して涙の河を泳ぎ続けるのか、月の砂漠を歩き続けるのか……。

毎度の注意喚起ですけれども、村下さんはこういう人間の在り方を否定しているのではありません。そこに美しさを見出しているのだと思います。

金と銀との幻を見た
月の砂漠に浮かぶ蜃気楼
白い朝 たどり着く 旅路の果てに
待っている太陽の光信じて

そうするうち、私たちは「金と銀との幻」を見ます。

これは男性、女性、人間たち、すなわち私たち自身でしょうか。

美しい金と銀の心を携え、すべての衣装を捨て去った人間たちは、金と銀に輝く存在として「蜃気楼」のように月の砂漠に浮かんでいます。

月が隠れ迎える「白い朝」に、長い長い「旅路の果て」で「待っている太陽の光」を信じて。

難解さが最大に至っていますけど、この「太陽の光」とは何でしょうか。

宗教の方へ引っ張るならば、何らかの救いや悟りということでしょうか?

個人的には、この太陽の光こそが「何か大切なもの」なのではないかとも思います。

しかし、人間はそれを手にすることができない。見つけ出すことができない。だけれど、見出すために歩むしか人間にできることはない……という理解。

金と銀との心を抱え
月の砂漠をみんな歩くよ

反復になりますが、人間にできることは自身の「金と銀の心を抱え」て月の砂漠を歩むことだけです。

意識的であろうと無意識にであろうと、人間は誰もがそのように「歩くよ」。

昼と夜との隙間を抜けて
一粒の砂 落ちてゆくように
ひとりぼっちで

私たちはすべてこの月の砂漠に生きる「一粒の砂」であるということが楽曲の最後で示されます。

その小さく細かな一粒一粒が金と銀に輝きながら「落ちてゆくように」、人間は各々「ひとりぼっち」で歩いていきます。

果てのない地平線を持つ砂漠が月に照らされ、そこに落ちる砂のひとつひとつが光り輝く様子がイメージできますか?

それら一粒一粒のすべてが人間であり、いま、私たちの暮らすこの街で何気なく目にするそれぞれの人々なのです。

一人一人が自分の心を携えて、実際には他に何も持たず裸で美しく歩む。

世界がそのようにある以上にすばらしいことはないのでしょう。

(勝手な人物像ですが)いかにも村下さんらしい認識だと感じます。

聴きどころ

全編を通じて大きく壮大な世界を感じさせる曲調になっています。

一番の聴きどころは最後の村下さんの「ひとりぼっちで」という歌唱です。

「ロマンスカー」と同じように、消え入りつつよく伸びる歌声が逸品ですね。

そこへエネルギーのある演奏が重なって、終わりはピアノの儚くて麗しい和音で締めくくる。

おうじゃ
おうじゃ

やはりこの曲も大好きです~~~!

耳を澄ませてみるとベースもなかなかロックな感じの運びで、村下兄貴の歌う主旋律をエレキギターで弾いてもかなりかっこいいのではないかと思います。

村下さんの歌い方も、男女の恋愛をメインに取り上げている曲と比べてさらに魂を込めているようにも聞こえます。

管理人の感想

最初にこの曲を耳にしたときは、村下さんには珍しくカッコいい系の曲なんだな~というくらいの感想でした。

耳馴染みもいいので、プレーヤーで聴いていて流れてきたら軽く口ずさんでみたりして。

今回じっくりと歌詞を解釈してみて、ここまで深みある楽曲だと初めて気付きました。

人間存在について語っているものだということは理解していましたが、ラストで「金と銀との心」という人間の心の部分だけが再び歌われたり、全体の展開がしっかりと作り込まれた形になっていることに驚きました。

しかし、それは村下さんの曲作りならば自然なことなのだということにも思い至ります。

第九位に掲げましたが、もっと上に変動があるかもしれません(笑)

ぜひ、聴いてみてくださいね!

(付記)隠れた曲ランク

盛り上がる曲ですし、シングルカットもされていてライブでもよく取り上げられていました。

「16才」と同様、安全地帯の武沢豊さんが編曲に関わったことも、濃いめのファンの方ならご存知かもしれません。

ただ、やっぱり「初恋」「踊り子」の次にこの曲へたどり着くかというと、そうでもないような感じはあります。

村下兄貴の音楽性や人間に対する目線の発展の中で現れてきた曲でしょうから、もちろんそれぞれタイミングがあるとはいえ、聴き手側も多少はそれを追いかける形になる気がします。

隠れた曲ランク=4

⇒ライブバージョン(映像内の題名誤り)

⇒「一粒の砂」歌詞全文

『夢の跡』所収

第十位 90ページの日記帳

淋しい時程 よく 笑えることを
あなたと別れて 初めて知りました

解題

民族楽器のような高らかで寂しげな笛の音で楽曲は始まります。確か「ケーナ」という楽器だったと記憶しています。

冒頭のメロディだけで、風の吹く丘の上に立ち尽くす女性といったようなイメージが湧いてきますね。

村下兄貴は『つれてって』など女性目線での歌唱もお得意ですが、本楽曲も同様です。

女性がともに過ごしていた男性を思い浮かべ、現在の限りない淋しさを感じながら、意外にもそういう自分が「よく笑える」ことを「初めて知り」ます。

辛いときや寂しいときに、どういうわけか自分がハイになりやすいというのは、どなたも経験したことがあるかもしれません。

これは淋しさを紛らわすための本能なのでしょうか……。

コートのポケットの 中で手をつないで
歩いたぬくもりを 今でも覚えてます

二人は「コートのポケットの中で手をつないで」歩くほどに、仲よしの時間を過ごしました。

『北斗七星』で、二人のぬくもりが打ち消し合う、と歌われていたのとは異なる関係性だったということですね。

北斗七星では、お互い本当に愛し合っているけれども、その関係がどこへも向かうことができないという情景でした。

茶色のサングラス あなたの忘れ物
かけても見えません 涙で曇って

ひとりになった女性は、男性が残していった「茶色のサングラス」をかけて涙を流します。

「忘れ物」と表現されていますけれど、これは単純に男性が一緒に住んでいた部屋に忘れて去っていったと捉えてもよいでしょうし、

サングラスという休暇やバカンスを連想させるアイテムですから、二人の楽しい思い出が染みついた、しかも当のお相手の使っていたものという「色のついた」グッズだという点を強調して味わってみてもよいでしょう。

それをひとりかけて、暗く色づいた景色の部屋で鏡をのぞけば、確かに淋しすぎて笑えるとも思います。

さよなら 貝のように
無口な愛でした
さよなら みんなみんな
下手くそな落書き

女性がサングラスをかけたまま、涙を流している状態で、この歌詞の部分を想っていると考えてみましょう。

「貝のように無口な愛」というのは、まず貝が固く口を閉じたような愛だったという意味に取れますね。

男性が無口だったのでしょうか。それとも、二人の愛そのものが「無口」だったのでしょうか。

ひとつ思い浮かぶのは、二人の関係が最初から男性中心の形で回っていたのではないかということです。

無口な男性を慕うこの女性は、愛し合っていると思い込んでいたけれど、後に男性の気持ちはそこまでではなかったことに気付く。

そして、男性に甘えたり、尽くしたり、それまで自分がやってきたことが「みんなみんな下手くそな落書き」だったと振り返っているのではないでしょうか。

恋愛ごっことまでは言いませんが、自分の独り相撲に女性が気付いたということなのかもしれません。

これ以上友達の さそいをことわると
ほんとうに一人きりに なりそうな気がしてた

男性とお別れした女性は、友人との集まりにも顔を出さなくなります。

淋しくてそれどころではないのですが、心のどこかでは「これ以上友達のさそいをことわると ほんとうに一人きりになりそうな気」がしています。

こんな風に女性がうまく振る舞えないのも、

あなたにとっては終わった恋が
今でも続いてる 生き方が下手です

と、いまだ男性への想いを持ち続けているからなのですね。

「生き方が下手です」とありますから、先ほどの落書きしかり、やはり女性は自身の一途さを「下手」という名前で呼んでいるのでしょう。

ここでタイトルの「90ページの日記帳」は、女性が毎日一ページずつ男性との日々を大切に書き綴り、途切れたものだと分かります。

実際に想定された人物像は不明ですけれど、二人の関係が約三か月しか続かなかったことからして、男性は女性よりもずっと気軽に恋愛を楽しめるような人物だったとみることができるでしょうか。

さよなら 北風さえ
想い出をあつくする

サングラスを使う夏場をともに過ごし、お別れした二人。

季節は秋から冬へと進みます。

一途な女性は冷たさを増していく「北風」にさえ二人の幸福だった時間を連想し、胸を「あつく」します。

ですが、そういう自分たちのかつての姿こそが、

さよなら 貝のように
無口な愛でした
さよなら みんなみんな
下手くそな落書き

すぐ身近にあるもののようでもあり、もはや記憶の中にしかないものでもあり、すごくすごく淋しい女性は、それらに何度も「さよなら」と語り掛けずにはいられないのですね。

聴きどころ

第一に挙げたいのは、サビの村下さんの「さよなら」という歌い上げです。

とくに「ら」で翻るように上へあがる部分は、なんとも言えず、女性が当時の二人に向かって呼びかけているようで魅力的です。

音楽自体はやや古めかしく聞こえる方もいるかもしれません。

しかし、ここでも村下アニキパワーが発揮されて、歌謡曲とは言い切れない何かがあるのです(笑)

アルバム『GUITAR KOZO』にはアコースティックバージョンも収録されています。

こちらはなかなかどっしりとした仕上がりです。

⇒『GUITAR KOZO』を収録している音楽配信サービスについて

管理人の感想

記憶がおぼろげながら、村下さんを知って比較的初期のうちにこの曲に出会ったような気がします。

いかにも失恋した女性の心情を歌っているようで、毎度書きますが、どこかもっと隠れた何かも歌われているような感覚もして。

そして、そういう何かを現実の私たちはごく普通に感じながら生きているのだなぁなんて思ったりもしました。

もう完全に好みの問題でしょうけど、こういう女性、みなさんはどう感じますか??

昨今では性に関する認識もいろいろですので、別の表現をするならば、性別問わずこの女性のようなお相手は、みなさんはお好みですか??

(付記)隠れた曲ランク

おそらく村下さんの楽曲の中でも相当に隠れた曲だと思います。

ベスト盤にも一度も収録されず、かろうじて『GUITAR KOZO』に入ってきたときには驚きと嬉しさを感じたことを今でも覚えています。

ライブでもほとんど演奏されたことがないのではないでしょうか。

願わくは本楽曲もさらに聴かれますように……。

隠れた曲ランク=5

⇒「90ページの日記帳」歌詞全文

『愛されるために』所収

第十一位(番外編) りんごでもいっしょに

夕焼け 本当にきれい
りんごでも むいてあげる

解題

タンゴのようなピアノのリズムで楽曲は始まります。

村下さんは時々、こうしたダンスの風味ある歌を作りますね(「二人の午後」「あなた踊りませんか」など)。

歌い出し直前の部分など、いかにも男性と女性が踊るステージが見えてくるようです。

本楽曲全体が、二人で手を取り合ったり放したり、近づいたり離れたりという男女関係の比喩ととらえることもできそうです。

途中の言葉遣いでやや疑問も残るところかと思いますが、本楽曲は基本的に女性のほうから男性へ語り掛ける内容となっています。

何だか 疲れてるみたい
笑ってよ いつもみたいに

夕焼けの美しさに心を動かした女性は「りんごでもむいてあげる」と男性へ向き直ります。

男性も一緒に夕焼けを眺めていたかと思えば、夕日に照らされる男性の顔はぼんやりと疲れていました。

普段のやさしさや明るさを知っている女性は「笑ってよ いつもみたいに」と男性に言いつつ、りんごをむいたのでしょう。

夕焼けの赤さとりんごの赤さが一緒になって、りんごの甘酸っぱさも合わさって、ともに時間を過ごしてきたこの二人にしか感じることのできない夕刻の情景が展開しています。

幸せというものは
落ちてるはずないよ

りんご「でも」と一見気軽な調子で言っていた女性は、不意にこのようにつぶやきます。

ここは楽曲全体がダンス調で、男女関係のたとえになっていることと関わると思うのですが、ただ二人で一緒に過ごしているだけでは幸せは見つからない、という意味でしょうか。

あるいは、うつむいている男性を元気づけるために、足元を見ていても幸せなんてないよ、と伝えたかったのでしょうか。

雨なら 晴れるまで待とうよ
二人の肩 濡れないように
雨なら ここに座っていようよ
虹の空が 必ず来る

前者の理解は、おそらくこの部分と矛盾するのではないかと思います。

女性はそれから「雨なら 晴れるまで待とうよ」と呼びかけます。あえて外へ出ることは「二人の肩」を濡らすことになってしまうから。

「ここに座って」、必ず来る「虹の空」を待とうよ、と。

むしろ、二人で(比喩としての)ダンスばかりして泣いたり笑ったり苦しんだり対立したりするではなく、二人の関係に雨が降ったときは、静かにお互い見守っていようよ、と。

電話で 喧嘩はよそうよ
海にでも 連れていって

女性の気持ちは揺らぎません。

二人が電話で喧嘩になったときも「海にでも 連れていって」と、ともに座ってゆっくりと景色を眺められる場所へ行くことを望みます。

女性の目には、男性が可愛くも、手がかかるようにも見えていたのかもしれません。

おそらく男性のほうがいろいろと悩んだり、落ち込んだり、あくせくしたりする人だったのでしょうか。

気持と 逆ばかりしてる
聞かせてよ あなたの夢を

その路線で進めてみると、男性は人に言わない夢や希望を持っていて、その実現が困難で苦しんでいるのかもしれません。

自分自身で無理だと決めつけ「気持と 逆ばかりしてる」男性に対して、女性は「聞かせてよ あなたの夢を」と語り掛けています。

または、男性が女性に対して抱く気持ちとは違うふるまいばかりをするので、どうしたいのか教えてほしい、という意味で「あなたの夢を」聞かせてと言ったのでしょうか。

「あなたの夢を聞かせて」というフレーズは、すでに取り上げた「夢のつづき」でも使われていますね。

新しい景色なら 
探しに出かけよう

いろいろとこんがらがる男性に対して、女性は「新しい景色」をみたい「なら探しに出かけよう」とうながします。

この表現は、ただじっとしているだけでは今までと異なる関係はもたらされないという意味で、先ほどの座って虹の空を待つのとは違う発想になっているようです。

しかし、それも女性が二人の関係を危ぶんで、目先を変えようとしたなどということではなく、

二人で 写真をもっと撮ろうよ
いろんな顔 つなぎ合わせて
二人で のんびり生きていこうよ
あなたには 私が似合う

もっともっと二人で時間を過ごすためなのですね。

新しい景色の見える場所を二人で訪れ、そこで二人の写真をもっと撮って、それらをたくさん並べて「いろんな」二人の「顔 つなぎ合わせて」みようよ。

写真をアルバムに綴じて、ときに二人で開いてみたりしながら「のんびり生きていこうよ」。

アルバムの中にいっぱい並んで、こちらを向いて笑ったり、まじめな顔をしたり、不機嫌だったりする二人の顔を見ていると、やっぱり「あなたには 私が似合う」んだね。

このように女性が男性に語るときの情景を想像してみてください。

たぶん、このフレーズが本楽曲の肝なのだと思います。

これまで見てきた楽曲では、男性と女性の関係は崩れる可能性があるものだという前提がありましたけれど、今回は違います。

この関係にどんなことが起きても、男性に対する愛情は揺るがないことを女性自身がはっきりと分かっているような……。

女性の心はもう確定しているので、実に実に広やかです。

それがゆえに、女性は二人の関わりに雨が降ればそのまま待とうと呼びかけますし、男性と一緒にこそ、新しい景色を探しに出かけようとするのです。

だから、これからどんなことが起きたとしても、

りんご「でも」 いっしょに食べようよ

ー括弧付け:管理人

聴きどころ

ムーディとまではいかないかもしれませんが、村下兄貴の楽曲の中ではおしゃれ度が高いです。

楽曲のイメージづくりのため、アコーディオン(日本語で「手風琴」というのですね!)も用いられていて、いかにもな雰囲気を醸しています……、

けれど、やっぱり村下さんの歌唱によって村下ワールドになるのですね笑

間奏のギターだけ聞くと、全然内容の違う歌にも思えます。

管理人の感想

思い出しました。

管理人がかつてギターを触っていたころ、この楽曲もまずまず弾けるようになっていたのでした。

アコースティックギターにすごく似合う曲だった記憶があります。

公式ではすでに述べたようなダンス調のアレンジがされていますけど、ギターでとてもきれいな和音が鳴る曲でした。

ギターの得意な方は、ぜひチャレンジしてみてください!

(付記)隠れた曲ランク

シングル「つれてって」のカップリング曲になっていますので、村下さんの楽曲の中では比較的聞かれる可能性があったものだと思います。

また、本楽曲は裕木奈江さんという女優さんに提供した楽曲のセルフカバーです。

ほかの楽曲とは違うルートで、たとえば裕木奈江さんのファンなど普段は村下さんに触れないような人々にも届いたことでしょう。

隠れた曲ランク=3

⇒「りんごでもいっしょに」歌詞全文

『恋文』所収

第十二位(番外編) 交差点

秋 北風
肩を通りすぎてく
自分の気持ちが
よくつかめない

解題

儚く切なげなイントロで楽曲が始まります。

冒頭の歌詞にもあるように、秋風が二人の、人間たちの周りを吹きすぎて去ってゆくような情景が浮かびます。

女性的な言い回しも含まれる本楽曲ですが、全体としては男性が女性への気持ちを歌っているととらえるのが適切に思えます。

村下さんの歌には女性的な感性を持つ男性がしばしば現れますね。

直近で解説した「りんごでもいっしょに」とは異なって、男性は自分の気持ちを扱うことにとても難儀しています。

この曲も「いいなずけ」同様、明白に道ならぬ恋を題材としている点に特徴があります。

もし子供が
欲しがっているものを
与えられない時のように

秋が訪れて冷たい風が首をなで、「肩を通りすぎて」服の裾をはためかせるころ、すでに結婚してパートナーがいる男性は「自分の気持ち」を持て余します。

理性では許されないと分かっているが「子供が欲しがっているものを与えられ」ずに駄々をこねるときのように、何度かなぐり捨ててもその気持ちは舞い戻ってきます。

村下さんの楽曲に登場する人間たちの特質ですけれど、本楽曲でも「愛人」などの名称でくくるのは誤り、あるいはもったいないような精神的な結びつきが、男性と「道ならぬお相手」の間に存在することがうかがえます。

あなたは街のすみで
淋しく
暮らしているのさ

もしかするとお相手は独身なのかもしれませんね。

「街のすみで淋しく暮らしている」その女性に対する気持ちを男性は抑えることができません。

家にいても、仕事に出ても、男性は女性に思いを馳せてしまいます。

自分を待っていてくれるかもしれない少し陰りのある横顔と、テーブルで一人お茶などを飲んでいるかもしれない姿。

もちろんお相手も外で動いたり仕事をしたりしていると読んでもよいでしょうけど、この部分はやや源氏物語的な通い婚の空気も感じるところです。

男性が出向いていくことで、それだけで喜んでくれる女性が「街のすみ」で「淋しく」暮らしている。

または、男性がそういうイメージで二人の関係を見ているということかもしれません。

好きになっては
いけない人いるならば
会わずにいられたら
よかった

一般的にあり得る以上の不都合なこともなく、男性の結婚生活は順調だったのでしょう。

先に子供のたとえが出ていたことや、後に出てくる言葉遣いからしても、おそらく子供ももうけていて、円満な家庭を築いているのだと思われます。

しかし、考えてもいなかった出会いが男性の心をかき乱します。

「会わずにいられたらよかった」と嘆きながら、一方で、それほどに好きになれる人がこの世にいるのだということに驚きも感じている男性。

けれどそのお相手は「好きになってはいけない人」だという激しい矛盾に、男性は苦しみます。

今の幸せをこわして
あの人と
どうして
やりなおせないのか
どうして…

男性の心は飛び立って、このお相手の女性と結ばれる未来を想像します。

しかしそれは奥さんや子供(たち)に離別を味わわせるという形で「今の幸せをこわして」しまうことにつながります。

男性自身も「今の幸せ」そのものを破壊したいとも思っていないし、とても大切に感じているのでしょう。

したがって、男性はどうしたいのか、どうしたらよいのか「自分の気持ちがよくつかめ」ず、葛藤し続けるのです。

なぜ、この現在のような状況があるのか。「どうして」あの女性と、幸せを目指して「やりなおせないのか」……。

冬 木枯らし
髪を濡らしてゆくよ
あなたの心が
よくつかめない

季節は移り冬になると、「木枯らし」が髪の中にまで通って冷たく「濡らしてゆく」ようになります。

男性と女性は逢瀬を重ねていますが、男性が自身の気持ちをつかみかねているのと同じように、女性の心も何らかの動きがあるようです。

女性のほうも、このまま男性と一緒に過ごす時間を持ってよいものか悩んでいるのかもしれません。

その様子が、男性をして「あなたの心がよくつかめない」と思わせているのでしょうか。

もし大人が
欲しがっているものを
手にできなかった
時のようさ

ここは難解です。

先ほどは子供が駄々をこねるかのように、男性が何度も何度も女性のことを思ってしまうという理解を採用しましたが、それとの対比でとらえられるでしょうか。

男性と女性は道ならぬ間柄ながら、二人の時間を持つ機会を繰り返してきました。

この道の先に二人が結ばれる結末が存在していないことを、両者ともによく分かっています。

このような二人の関係の様子が、そのまま「大人が欲しがっているものを手にできなかった時」だとみることもできそうですね。

大人という立場で、欲しいものは自分が努力や工夫をすれば手にすることができるはずだが、この関係だけはどうにもならない。

または、子供と違って大人は欲しいものが手に入らなくても駄々をこねたりせず、もっと静かに悔しがったり、あきらめたりする。

女性の心の様子が、そういうあり方と似ているように見えるということでしょうか。

ぼくらは街のすみで
優しさ
わかちあっていた

この先が存在しない二人にとって、実は現在のあり方がゴール地点であるということ。

きっとそのことに気付いたのでしょう、男性と女性は今日も「街のすみで優しさ」を「わかちあ」います。

結婚生活や日常の生活ではどうしても背後に隠れてしまいがちな温かな感情を、二人はこの関係において与えあっていたに違いありません。

好きになっては
いけない人いるならば
会わずにいられたら
よかった
今の幸せをこわして
あの人と
どうして
やりなおせないのか
どうして…

とはいえ、男性の心は女性と一緒になる未来へやはり飛躍します。

けれどもそれは成り立たないことで、むしろこういった美しい道ならぬ関わり方もこの世界には存在しているのだということを教えられるようですね。

村下兄貴の楽曲に限りませんが、恋愛を歌う曲には、恋や愛情といったものについて知らないうちに抱え込んだ先入観を払拭する力があると思います。

ところで本楽曲のタイトルは「交差点」です。

男性自身が今の幸せを壊せないという心情を吐露している以上、結婚生活を捨てて女性と一緒になるかならないかの分かれ道のことだなどと読むべきではないでしょう。

そうではなく、ずっと交差点にいるような関係の価値を再発見しているのではないでしょうか。

抽象的ですけれど、いつでも何かをどちらか一方に倒してしまったり、どこかへ進んでいないといけないと思ってしまう人間たちへの示唆とも受け取れそうです。

少なくとも、村下さん自身はこの「交差点」のいずれかを選ぶべきだと歌っていないことは確かだと考えます。

聴きどころ

全編を通じて底流で響き続けるシンセサイザーの音にまず注目です。

男性の心の中、男性と女性の関係、二人でいる時間など全ての情景にこの音色の風が吹き抜けています。

この細い音色だけで楽曲の雰囲気を下支えしているのは見事だと思います。

間奏では逆に強めのエレクトリック(?)な演奏が入り、葛藤と決意の両方を示しているかのようです。

村下さんの声にちょっと貫禄が感じられるのも聴きどころですね。

1988年というキャリア中期に差し掛かる時期に発表されたアルバムですし、……あ! 気が付きました。

「交差点」なのは村下さん自身の音楽生活だったのかもしれません笑

管理人の感想

自分の村下アニキ遍歴を振り返ると、所収アルバム『恋文』を入手したのは確か大体のアルバムを聴いた後だったのではないかと記憶しています。

ジャケットが比較的地味なので手に取らなかったのでしょうか?

ところが、村下さんが深い世界へさらに向かっていくきっかけになっているかのような本楽曲にも出会えましたし、全くすばらしいアルバムです。

当時も不倫的な関係の歌だと理解していて、けれどなぜこんなに美しい感じも伴うのだろう……と不思議に感じていたものです。

(付記)隠れた曲ランク

村下さんのアルバムのうち、本楽曲を収録した『恋文』はLPレコードで発売された最後のアルバムです。

時代的にも音楽制作の規格的にも転換点にあった中で作られた本楽曲は、あくまで管理人の肌感覚ですが、かなりの隠れた曲だと思います。

『恋文』からはシングルでも発表された「風のたより」がライブで歌われるのが定番で、本楽曲が歌われているのを見たことがありません。

もしご覧になったことのある方は、すごくすごくレア体験だと思います……(よろしければ音源など教えてください!)

隠れた曲ランク=5

⇒「交差点」歌詞全文

『愛されるために』所収

第十三位 帽子

「あけましておめでとう 元気ですか?
僕は生きています」

解題

村下さんには珍しいコンピューターによる打ち込み主体のアルバム『愛されるために』収録の本楽曲。

冒頭からしっとりしたリズムが電子ドラムやパーカッションで刻まれます。

切なげなサックス(これも電子なのでしょうか)によるイントロの段階で、何かを振り返っている情景なのだろうかと推測できてしまうのがすごいところ。

基本的な場面設定としては、お付き合いしていた男性や、二人で過ごした日々を女性が追想しているというものですね。

年賀状 あなたの小さな文字
指でなぞる
それぞれの春を待ち
それぞれに過ごした

慌ただしい年末が過ぎ年が明け、迎えた新しい年を女性は一人で過ごしています。

家族や友人と一緒にお正月を味わうということもなく、極端に言えば、カーテン越しに元旦の日差しを浴びているような雰囲気を感じます。

そこへ「あけましておめでとう……僕は生きています」と記された年賀状が届きました。

女性の気持ちは瞬時に男性と過ごした日々へ舞い戻っていきます。

現在、男性と女性は別の場所で「それぞれの春を待ち」「それぞれに過ごし」ています。

「それぞれの春」という表現ですが、お互いに新しい恋(春)へ踏み出すことを求めているというよりも、もっと感覚的なものでしょう。

カーテン越しに見る灰色の朝日のような季節・心境(冬)からより暖かく明るいあり方(春)への変化を、少なくとも女性は希望しているのでしょうか。

村下さんのデビュー前自主制作アルバムの名称が『それぞれの風』といいますし、村下アニキの人間観、人生観が垣間見えるようです。

本当になくしたくないものなら
いつも 目を離さずに
誰よりも そばで
からまるようにして

女性は男性と一緒だった日々を振り返ります。

きっと女性は男性の幸せを願って、男性が自分のもとを離れることをむしろ促したのかもしれません。

けれど「本当になくしたくないもの(男性との関係)なら」ば「いつも 目を離さずに」男性と一緒にいることを選べばよかった。

他の「誰よりも そばで」、自分がわずかでも男性から離れる気持ちなど持ち合わせていないのだということを身も心も「からまるようにして」あらわして、

つきまとい 見つめあい
暮らしてみたかった

男性が行くどんなところへでも「つきまとい」、男性の瞳に必ず自分が映るようにして「見つめあい」、二人だけの世界で「暮らしてみたかった」

それが可能だったのになぜ自分は選択しなかったのか、と女性の感情は高ぶります。

一見、ストーカー気味なふるまいにも読めますが、もちろんそういう部分に焦点が当てられているわけではありません。

誰しもときに感じる想いを正面から描いているだけですね。

妹のようだと チヤホヤされ
癖もまねてみたり
口元が似てると 言われたから
いつもすました

ある日の情景が女性の胸に浮かんできました。

友人も交えて遊びに出かけたとき、女性は友人たちから「妹のようだと」、二人はすごくにていてお似合いだと「チヤホヤされ」ます。

あるいは男性の親など家族の言葉かもしれません。

気をよくした女性は男性の「癖もまねてみたり」します。

たとえば「口元が似てると 言われたから」、微笑むのでなく「いつもすまし」ていました。

ここは大変味わいのある箇所です。

女性は男性のまねっこをしていて、口元が似ているととりわけ言われたものだから、すました顔をしている男性をまねして「すまし」ています。

裏返せば男性は女性と一緒にいる時間にも「すまし」ているのです。

二人で楽しくおしゃべりをしたり、笑い合ったりすることも当然あると思いますが、それよりもすまして唇を結んでいる時間の方が多いということ、その趣を感じませんか。

根本的なところまで入り込めば、女性はこの男性といて本当に幸福だったのでしょうか。

また幸せとは何なのでしょうか。

口紅をつけたけど
ダメだって叱られ

二人の様子を示唆しているかのようですが、男性は女性が「口紅をつけた」のに対して「ダメだ」と叱ります。

特に男性優位の関係だったという意味ではないのでしょう、しかし、おそらく女性はこれを素直に受け入れました。

そのうえで現在も男性を慕っているのです。

女性だってお化粧をしたり、おしゃれをしたり、自分のやってみたいことはあるはずです。

けれど、男性のためとまでは言わないながら、なんだか男性の言うとおりにしてみたくもなる。

男女の関わりの一つの在り方が提示されているようですね。

太陽が 強く まぶしすぎるから
外を歩けなくて

ここでは女性の心が現在に戻ってきています。

いまの自分の沈んでやるかたない気持ちの状態では「太陽が 強く まぶしすぎ」るので「外を歩けなくて」、ただ一人過ごすしかありません。

そんな中でできることといえば、男性との思い出を手繰ることくらいです。

捨てられず しまっておいた帽子も
ブカブカで似合わない
あの日とおなじように

男性のかぶっていた帽子を「捨てられず」、女性はずっと「しまっておいた」のですけれど、年賀状の届いたこの日は再び取り出してみました。

やはり「あの日とおなじように」女性の頭には「ブカブカで似合」いません。

この部分も、実際にはすれ違っていたのかもしれない男性と女性の関係性を暗示しているでしょうか。

女性は以前に男性の帽子をかぶったときのことを思い出します。

水色の帽子が 風で飛んで
坂道 追いかけた

二人で出かけた風の吹き抜ける場所で、男性の「水色の帽子が 風で飛んで」しまい、女性は「坂道」を走って「追いかけ」ました。

男性が落ち着いたふるまいをする人物であることがはっきりしてきます。

女性は男性と一緒にいる気分の高まりもあって、はしゃぎながら帽子を追いかけたのですが、男性はちょっと醒めています。

「おかしいよ なんだか 子供じみて」
あなた笑っていたね
何度も

帽子を追いかけ、追いつき拾って振り返る女性に向かって、男性は「おかしいよ なんだか 子供じみて」と「何度も」笑っていました。

女性はこの男性の前でなら、子供になれるということだったのでしょうか。

子供のようなふるまいを許してくれる男性だけれど、ときにはお化粧をするのを許さなかったり、一緒に笑ってくれなかったり、どこか遠いようなところもある。

女性自身も、男性のどんなところが好きだったのかよく分からないのかもしれません

でも「本当になくしたくないもの」だったということは、自分にとって間違いがない。

だから女性は心の中で、

ああ逢いたい

(補足)

本楽曲の最後には、村下さんの公式全楽曲の中でも唯一である語り(台詞)が入っています。

まさに村下さん自身がこの男性として語ってくれる言葉が、楽曲と相まって世界観を見事に際立たせていますね。

あけましておめでとう 元気ですか?
僕は生きています
寒さがひとしお厳しくて
今年の冬は誰にとっても かなり
ひどいことになるような気がします
でも 何とか元気です
ちゃんとしてるか

口数の少なかったであろう男性が、年賀状に言葉を連ねたのはどんな気持ちからだったのでしょうか……。

聴きどころ

直前にも挙げましたけど、やはり村下さんのそのままの声を歌の中で聴くことができるのは本楽曲のみですので、まずはこの台詞でしょう。

しっかりと九州の訛りが入っているせいで、男性の出身地が定まってしまいそうなのはご愛敬です笑

曲自体に関しては、電子的な音楽を多用していることにより、アコースティックによる音源とはまた違った大人らしさが表現されているように感じます。

村下さんが存命であれば、こういう路線の楽曲をもっと生み出してくれたのでしょうか。

もちろん村下兄貴のしっとりとした歌唱からも耳を離すわけにはいきませんね。

管理人の感想

本楽曲もまたハマりました……。

個人的に『愛されるために』はひとつ前の『名もない星』を経て村下さんのワールドが完成したアルバムだと感じています。

早い段階で、または最初から、村下さんの関心は「恋」から「愛」へと移っていたと思います。

「愛」の意味を言葉で表現するのではなく、その現れ方を実際の私たちの姿に見出すこと。

本当にその名手だったと思えてなりません。

ああ……逢いたい(いえ、そこまでではないのですけど笑)

(付記)隠れた曲ランク

本記事隠れた名曲ランキングでは『愛されるために』(1994年)から三つの楽曲を採用しました。実に名曲の多いアルバムです。

けれど「初恋」や「陽だまり」などからは遠く離れたテイストを持つ楽曲も多く、やはり熱心なファンの方がかみしめて味わうような位置づけになっていると感じます。

本楽曲も明らかにその部類で、ライブで演奏されたのを見たことがありませんし、アルバムを購入した人だけが出会えるレアな曲とさえいえるかもしれません。

「ロマンスカー」(1992年)も思うようにヒットせず、アルバム自体の売り上げもそれまでよりは低下していたでしょうから、なおさらでしょうか。

隠れた曲ランク=5

⇒「帽子」歌詞全文

『しのびあるきのたそがれに』所収

番外の番外 心の旅路メドレー

心の旅路メドレー(『しのびあるきのたそがれに』所収)
所収アルバム『しのびあるきのたそがれに

各種サブスク音楽サービスでもこのアルバムが配信されているのを確認済みですので、普段ご利用のプラットフォームでどうぞ☆

解説

「恋路海岸~ロマンスカー」と続く圧倒的なメドレーでこのランキング(もはや番外の番外でランキング外ですけど笑)を終えさせていただきましょう。

すでに紹介した楽曲も含まれていますから、そちらも適宜ご参照ください。

また、これまで取り上げていない楽曲(「恋路海岸」や「君すむ街へ」など)は、後日別途の箇所にてしっかりと解題を試みたいと思っています。

ランキングも最後ですし、今回は少々ラフに、このメドレーそのものを楽しむようなつもりで解説してみますね!

「恋路海岸」

ライブでもピアノが印象的ですね~。

本メドレーでは「ロマンスカー」とともにフル演奏される本楽曲。

ご存知の方もいるかもしれませんが、歌詞にも「能登路(のとじ)」とあるように、現実に存在する海岸なのですよね。

(お写真を石川県観光連盟さんからお借りしました)

恋仇の策略によって海へ沈められた恋人(男性)を追いかけ、女性も身投げしたという伝説が残っているそうです。

「稚内から」

ランキング解説のほうで触れましたが、やはり管理人が初めて本楽曲に出会ったのは本メドレーにおいてのようです。

正規の「稚内から」とは大きく異なる、切なさ全開の導入がもう秀逸でしょう。

村下さんの優しい歌い方もすばらしいです。

実は村下さんはこの「稚内から」をライブで歌い間違っているのです(笑)

もちろんミスをあげつらうのでは全くなくて、珍しいので、不謹慎ながらそれもまた楽しめてしまうあたりが天才歌人のお人柄ですね~。

⇒ちなみに歌詞間違いをした音源はこちらで(『きっといつかは』所収)

ただ、この歌い間違えたライブ音源は1999年6月17日のものですので、村下さんが亡くなる約一週間前ですね……。

ここで現在している解説は、上に掲げたように『しのびあるきのたそがれに』所収のものを聴きながらおこなっています。

「冬物語」

図らずも、先日、ロケ地を巡礼してきました

(白状しますと、これまで『同窓會』所収の「心の切り絵メドレー」だと勘違いしていましたので、まさか巡礼がここで役立つとは思っていなかったのです。)

時計台の影をふみながら……
天才歌人・村下孝蔵さんの「冬物語」ロケ地・札幌時計台を巡礼!
天才歌人・村下孝蔵さんの「冬物語」ロケ地・札幌時計台を巡礼!

もともとがピアノ主体の楽曲ですし、村下兄貴の歌唱はまさにそのままCD音源ですし、ライブなのかよく分からない気がしてきてしまいますね。

降り出しそうな空 震えてる小枝が

 僕を写している 窓ガラスに爪を立てる

また後日解題をおこないますが、本楽曲も実に村下さんの詩人たる特質が表れている名曲です。

「ピンボール」

こちらも正規のアルバムと演奏が大きく違う楽曲です。

一見明るく穏やかなイントロの中に、すでに避けられない悲しさのようなものが織り込まれている様子も味わい深いところです。

男性が真夜中に目覚めると、ともに暮らしていた女性が自分のことを見つめているのに気が付きました。

その瞳にはどのような気持ちがこもっていたのでしょうか。

……いえ、ここでは解題はしないのです(笑)

けれど、この曲に最初に触れたとき、人間同士の心の通い合いって辛い結果でも悲しい結果でも、ぜんぶ美しいものなんだなぁと感動した憶えがあります。

村下アニキのハミングもすごく珍しくて、まろやかに優しくて素敵です。

(もし歌詞を忘れたのでなければね☆ ……忘れてても素敵ですけども!)

「松山行きフェリー」

静かなアレンジの「ピンボール」を引き継いで、こちらも切なくしめやかとでもいえそうな「松山行きフェリー」。

メジャーデビュー前からの持ち歌ですね。

本来がギターもジャキジャキ鳴って明るい曲調なので、村下さんの歌唱が特に淡く静かに聞こえます。

想い合っていた女性が別の町へ移り住むことになり、そこで幸せを見つけたならば、自分のことなどすぐにでも忘れてほしいと願う男性。

なんとも村下さんが描きそうな世界観です。

(⇒詳しい解説記事をアップしましたー2022年10月4日更新)

「君すむ街へ」

急激にリズムアップし、『かざぐるま』所収でけっこう隠れた曲と思われる本楽曲へとメドレーはつながります。

男性が離れて暮らす女性へ向けた気持ちを歌う楽曲ですね。

月が全編にわたって上手に使われているのが印象的です。

二人の間に海が挟まっている……のではなく、深い海が二人を挟んでいるという表現は何を表しているのでしょうか。

おうじゃ
おうじゃ

早く解題をしたい気持ちになってしまいます~。

「ロマンスカー」

なんといっても、始まりの「ぽんぽこ」(当記事【同率第一位:ロマンスカー】参照)と「ウーウー」というコーラスですね。

ライブならではの疾走感もあり、ここまでのメドレーの味わいを全部引っ提げて、あのロマンスカーのオープニングが始まるのです。

これは涙なくして聴けないタイプの演奏です~!

僭越ながら、普段はこの「ぽんぽこ」がやや目立ちすぎる演奏もあるかな~と感じているのですけど、このメドレーラストばかりは本当に脱帽です。

だんだん「ぽんぽこ」から「ぱからっ、ぱからっ」とお馬さんのように聞こえてこなくはありませんが……(笑)

ラストの村下さんのロングトーンもすばらしいです。

メドレー全体の展開、物語性?

メドレーとしてこれらの楽曲が選ばれたのだから、そこにはきっとストーリーや何らかの意味合いが込められているのではないか??

という問題意識から、最後に検討してみましょう。

「心の旅路」というのですから、きっと男性あるいは女性、またはその二人が「旅路」をたどったという物語なのでしょう。

旅の始まりは「恋路海岸」です。

先に述べたような伝説が残っている場所を最初に選んだとなると、なかなか気合の入ったカップルさんです(笑)

というか、名前に惹かれて行ってみたけれど、悲しい伝説を知ってビックリ! のような感じでしょうか。

その後、二人は北へ向かいます。(「稚内から」)

この部分については、アレンジされた曲調に照らしても回想の場面なのだとみることもできるかもしれません。

地の果てまで一緒に行こう、と約束しておいて……、

次に札幌時計台まで観光に来たわけですね。(「冬物語」)

旅のルートはきっとまず北端の稚内空港へ飛んで、車で動いて、それから札幌方面へまた飛行機で訪れたのでしょう。

時計台を訪れたその夜、真夜中に目を覚ますと、女性が男性を見つめていました。(『ピンボール』)

とりあえずこのメドレーに限っていえば、このときすでに女性は男性とお別れすることを心に決めていたのでしょう。

「南の島」に行こうと約束していたのに、正反対の「北の大地」へ旅行することにせっかく貯めていたお金を使ってしまったのですから!!

お気付きと思いますけれども、このメドレーの読解は面白ノリでおこなっています。

女性の行動は早かったのです。

旅行から帰ると、すぐに男性に別れを告げて松山行きのフェリーを予約しました。(『松山行きフェリー』)

女性を丘の上から見送った男性の心は、あまりに辛すぎて奇妙に波立ち、リズムを奏で始めます。

そのリズミカルな心の鼓動のまま、男性は瀬戸内海を飛び越えて松山へ女性に会いに行けたらな~と夢想します。(「君すむ街へ」)

ぽんぽこ、ぽんぽこ、と悲しさに弾ける男性の想いは、かつて関東へ旅行したときに使った「ロマンスカー」の疾走する様子へとつながっていきます。

あのときも、いまも、ずっと君を満たしていたかったのに……。

もしかしたら、男性は傷心旅行の行き先に箱根を選んだのでしょうか。

「月あかり」の下で女性にお酌をしてもらったことが思い出されます、二人懸命につま先立ちで愛し合っていたことが思い出されます、お別れした女性とは違うけれど「初恋」の相手を思いだします、あの「陽だまり」の中の女性の笑顔も思い出します、何かほしくてあせってしまいます……

でも、もう女性はいない……。

例えばこんなストーリーはいかがでしょう?(笑)

ここまでお付き合いくださって本当にありがとうございました☆

隠れた名曲のランキングおよび解題はひとまず締めくくらせていただきますが、村下さんの全曲解説は今後も継続しますので、どうぞよろしくお願いいたします!

(追記)代表曲の解説はこちら

分量が相当なものになるため、別な記事を作成して整理しつつ「全曲」解説を試みようかとも考えています。

ひとまず代表曲「踊り子」を解説した記事を用意してみました。

「初恋」に続くシングル曲
村下孝蔵【踊り子】の美しく難解で純粋な心にふれる。歌詞の意味を解説&鑑賞!
村下孝蔵【踊り子】の美しく難解で純粋な心にふれる。歌詞の意味を解説&鑑賞!

つづいて「少女」です。

無垢な少女はどのような大人になったのか
村下孝蔵さんの名曲【少女】に描かれる無垢な心の移ろい。歌詞の意味や世界観を解説&考察!
村下孝蔵さんの名曲【少女】に描かれる無垢な心の移ろい。歌詞の意味や世界観を解説&考察!

さらに「陽だまり」。

アニメ「めぞん一刻」主題歌
村下孝蔵さんの代表曲【陽だまり】にみる約束の愛。歌詞の意味や美しい物語を解説&鑑賞!
村下孝蔵さんの代表曲【陽だまり】にみる約束の愛。歌詞の意味や美しい物語を解説&鑑賞!

そしてようやく初恋へ至りました。

自分を見つめる美しさと切なさ
村下孝蔵さんの【初恋】は永遠の青春をかたどる。歌詞の意味にみる真髄
村下孝蔵さんの【初恋】は永遠の青春をかたどる。歌詞の意味にみる真髄
おことわり

※本ページの歌詞は、個別に記載のない限り、村下孝蔵さんの魅力を示すために必要な範囲で引用されたものです。

※あくまで主観に基づく解題およびランキングです。

その他全楽曲解説!

冒頭でも記しましたが、現在は全曲解説を各記事に分けておこなうことにしております。
当サイト上で随時更新(⇒村下孝蔵さんカテゴリー)しておりますので、お時間のあるときにぜひ遊びにいらしてくださいね。

Twitterからのコメントをお待ちしています。
更新の励みになります!
スポンサーリンク

コウ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


  1. まっつん

    はじめまして。
    最近、こちらのブログの存在を知りまして、村下さんのファンとして楽しく拝見しております。
    私も大好きな曲である「稚内から」が紹介されておりまして、これはもうコメントも送りたいと思い、書かせていただいております。
    個人的にこの曲のすごいところは、短い詩の中に細かい情景描写とそれに基づく心理の比喩表現だけではなく、きちんと主人公が辿った旅路まで分かるようになっているところです。
    空港から北へ向かいノシャップ岬へ、そしてサロベツ原野へ向かい、最後はまた北へ走らせ空港へ帰っていく。最初と最後に北に向かうとしか言ってないのに、元の場所にちゃんと戻ってくることに気づいたときは感動した記憶があります。
    村下さんの聞き手の解釈に委ねる歌詞というのは絶品ものですね。おうじゃさんの解釈を聞いてなるほどなと思うことも多いです。
    これからの更新も楽しみにしております。

    • wowja

      まっつんさん、はじめまして!コメントありがとうございます!まさかコメントを頂けるとは思っていなかったので、とても嬉しいです。
      「稚内から」すばらしいですよね。実は僕もこの曲を聴いて稚内までの青春十八きっぷ旅行を決めたのでした笑

      >最初と最後に北に向かうとしか言ってないのに、元の場所にちゃんと戻ってくることに気づいたときは感動した記憶があります。

      おお、なるほどです〜。二人の移動した実際の旅程については半分端折っているようなイメージで聴いていましたが、言われてみれば確かにです!旅の道筋までしっかりと短い中に含めてしまう辺り、やっぱり村下さんはすごいですね。
      まっつんさんのお話をうかがって「北へ向かう」ということ自体が、この曲にとっては自分が考えていたより大きな意味を持つ主題なのかなとも感じました。なんだか主人公たちの関係性にも関わってきそうです。

      改めまして、コメント本当にありがとうございます^_^これからも村下アニキにチューニングを合わせつつ、更新をおこなっていきたいと思います〜!

  2. コウ

    はじめまして こんばんは
    村下孝蔵さんの大ファンです 
    おうじゃ様の解説は、興味深く拝読させていただきました
    自分の視点とはちがう読み取り方や なるほど!と思う解説がありましたので また違った聴きとり方になりそうな曲もありますね 
    孝蔵さんの曲は情景が浮かび 一本の映画でも観てるような感覚になることがありせんか
    そして 何年聞いていても聴き飽きる事がないのです
    自分はわけあって昔の孝蔵さんを、よく知る方と仲良くさせてもらってます
    その方は、1985年の年明けからの2年間程度、孝蔵さんの身近にいた方なのですが 当時、孝蔵さんは病み上がりの上に元妻に裏切られた後で、かなり沈んでらしたようです
    孝蔵さんの曲は、実体験を元に作られた曲も多いようです
    おうじゃ様の解説されてる内容は、素晴らしいのですが 身近にいた方の話からして 明らかに解説とはちがう実体験があったようです
    どのような実体験か知るはずのない方からすれば当然ですが 孝蔵さんも曲に付いては聴き手の好きなように解釈してくれればいいと 言ってらしたようですが 明らかに実体験を元に作られた曲には、孝蔵さんの思いが込められていて しかしながら解説とは、少しかけ離れてるものがありましたので 大変失礼であるとは思いましたが書かせていただきました 興味がございましたら お返事ください

    長文になりましたのでこれくらいで失礼します

    • wowja

      コウ様

      はじめまして! コメントありがとうございます!
      私の拙い解説をお読みくださり、しかも興味深くお感じになっていただけたこと、本当に感謝しております。

      コウ様のおっしゃる通り、村下さん(私は何となく孝蔵さんとお呼びするのは恥ずかしいのです笑)の楽曲はどれも映画のようで、すなわち私たちの人生を切り取っているようで、いつまでも飽きることがありませんよね。

      やはり村下さんの楽曲には実体験に基づくものも多いのですね~。私も記事作成をしながら常々感じておりました。
      コウ様はそれらのことをご存知の方ともお知り合いということで、とてもうらやましいです!

      この点については、村下さんと関わる可能性のまったくなかった者として、私自身も難しく感じていたところなのです。
      勝手気ままな解釈を施すのも村下さんやファンの方々に失礼ですし、一方で、作品が圧倒的に素晴らしいがゆえにそれ自体から感じる部分も多いですし、コウ様のおっしゃるように村下さんご自身も「このように聴いてくれなくてはダメだ」などとはお考えでなかったとも勝手ながら思いますし……。

      ですので、この記事や他の楽曲の鑑賞記事でも書かせていただいているのですけれど、私個人的には、村下さんの楽曲を通じて私が学び取ったこと、感じ取ったことを記述しているという形を取らせていただいているつもりでおります。
      もちろん、自分がこのように感じたのでこれが正解だ! などと皆様に提示するつもりもないのです。

      音楽に限らず芸術などにおいても作品の解釈は受け取る側次第だともいわれますが、作り手でいらっしゃる村下さんご自身の実体験や楽曲への思いなどが明らかになる楽曲であれば、そのことも加味したり言及したりすることが自然で、楽曲の魅力をさらに伝えることにつながると思います。

      ぜひ当サイトでの解説・鑑賞についても取り入れさせていただきたく存じますので、もしコウ様がご面倒でなければ、どの楽曲について、どのような村下さんの実体験、あるいは村下さんご自身のお話があったのかなど、簡単で構いませんのでご教示いただけましたら幸いです。(深い理由はありませんが感覚的に「夢のつづき」あるいは「いいなずけ」ではないかと推測しているのですけれど、いかがでしょうか。)

      重ねまして、このような個人的なサイトを訪れてくださって、コメントをいただけましたこと、本当に感謝しております!

      • コウ

        こんばんは お早いお返事ありがとうございます。
        そして失礼かと思いましたが温かいお返事に感謝申し上げます。
        自分もあくまでも推測でしかない事もあるのですが 関わりのあった方のエピソードと歌詞が一致してる事もありますので確信がありますよ

        さて本題に入りたいと思いますが、主に1985年が孝蔵さんにとって人生で一番満たされていたのではないでしょうか
        前年には、病に倒れ挙句の果て元妻に東京に引っ越しさせられ 二週間後には通帳と印鑑を持って逃げられたのです
        年が明けて 療養中のなか彼女と数年ぶりに再会されています 彼女が自分と仲良くさせて頂いてる 仮にm子さんとしますね
        ここでの印象から生まれた詞が 愛ぶら下げてる だったようです 夢からさめたらのフレーズですね
        本当は悪夢から覚めたような感覚だったのではないでしょうか
        東京は深大寺近くに住まわれ 85年は、まだ療養中でm子さんとは、一回りはど年の差があり当時18 19歳でした
        自転車二人乗りで神代植物公園や深大寺によく出かけられたそうです 
        ここで珊瑚礁の古い境内が出てくるのです 
        濡れた髪のまま 浴衣姿 雨上がりの境内  ここm子さんに聞きました 浴衣で雨上がりの境内には行ったけど雨が止んでから行ったんじゃないかなー とのことです。  髪は濡れてないですね(笑)
        そのような日々の満たされた中で曲作りされて出来たのが 幸せの時間 ですね
        まだ短大生だったm子さん 時に孝蔵さん宅で勉強もしたそうです 孝蔵さんが寝てる横で風鈴の音と共に目覚めたのでしょう  動かない影絵のような君 はここから来てるようです
        楽曲の中に風鈴が度々出てきますが m子は風鈴のようだ と言われたそうです
        ちなみに m子さんの一番好きな曲が 幸せの時間だそうです
        この後 二人の午後に 

        いったんここまでにしますね

        • wowja

          コウ様
          こちらこそ、お返事ありがとうございます。

          なんとそのような経緯があったのですね!大変貴重なお話を感謝いたします。もしコウ様がよろしければ、楽曲解説にエピソード的に書き加える形で記事にも反映させていただきたいのですが、よろしいででしょうか?

          「珊瑚礁」の境内を訪れた段階で、濡れた髪ではなかったのですね笑 村下さんの創作の感覚が垣間見えるようで興味深いです。「夢からさめたら」と「幸せの時間」は私が楽曲から感じ取ったイメージと大きく異なるのですね〜。むしろ満たされた幸福な感覚を取り入れて制作されたものだったとは…。

          「幸せの時間」に関しては、Twitter上で関わりのある方にご感想をいただいたことがありまして、その方も二人が幸せになろうとしたけれども困難だったという曲と受け止めたとのことでした。村下さんにその意図がなくとも、もしかしたら直前までのいろいろな大変な事柄への想いが含まれたのかもしれませんね。
          いずれにせよ幸せの味わい方・表し方もまた村下さんらしくて素敵だと思います。

          さらに「二人の午後」までもつながるお話がおありとのこと、ぜひ教えていただきたいです。

          • コウ

            こんばんは
            続き書いたのですが送信出来ず消えてしまいました泣

          • コウ

            申し訳ありませんがこちらのメールアドレスに送って貰えませんでしょうか

ABOUT ME
おうじゃ
おうじゃ
三つ子の魂いつまでも

あなたがあなた自身であることを応援する、やさしく愛のある文章を目指しています。
現在の主なコンテンツは生活や音楽(特に村下孝蔵さん・シティポップ)。
さらに独自の視点からの「教育論」「福話術」分野を開拓中。

新潟県生まれ。
小学生時代のあだ名は「おうじゃ」。
潜在スキルは「ひょうきん」。

東京大学法学部卒🕊→→司法試験合格🍀→⇒家庭教師、お米賞味マイスター、歌詞解説・鑑賞家、福話術者🎈
詳細はプロフィールページにて。
MENU
KOZO MURASHITA🎻
銘柄米実食レビュー🍙
福話術🎉
記事一覧🌈
スポンサーリンク
記事URLをコピーしました